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そんなこんなで、貴一さんちのマンションからわりと近所にある銭湯に行くことになったわけで。
まだ微かにオレンジ色の匂いを残した街を貴一さんと一緒に歩いた。
マンションの表の方はショッピングモールとかビルとかいっぱいあって栄えてるのに、裏手の方は下町というか古いお店とか商店街が残っている。
この街にこんなレトロな場所があったなんて知らなかった。
なんだかとても懐かしい気分……。
やってきた銭湯は理想通りの銭湯だった。
壁にはタイルで作られたた富士山の絵があって、コーヒー牛乳が牛乳瓶で売られてたりして、ドラマや映画で見る通りでなんだかとっても面白かった。
お風呂から上がり身支度を済ませて外に出ると、貴一さんが先にお店の前で待っていた。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
「ううん、平気だよ」
そう言って貴一さんが笑う。
けど、湯上りに外で待たせてしまって体冷やしてないかと心配に思う。
髪の毛もまたきちんと乾かしてないし。
「貴一さん、髪濡れてる」
「水も滴るいい男でしょ?」
「もうっ!ふざけないでください!風邪引いちゃいますよ!」
冗談っぽく言う貴一さんを叱りつける。水も滴るいい男ってとこが当たってるのが少し悔しい。
私は叱りながら持ってたタオルを貴一さんの頭にかぶせて、ごしごしと濡れた髪を拭いてあげた。
(あれ、これなんかデジャヴ。そういえば大晦日の夜もこんなことしてたよね……、ていうか貴一さんの髪冷たっ……)
触れた貴一さんの髪の毛は、冬の寒さのせいですっかり冷え込んでて冷たかった。
(かなり待たせちゃったのかな……)
心の中で反省。
当の貴一さんが不満そうにしてないから余計に申し訳なく思える。
「きーちさん寒い?」
「へーきだよ」
そう言って貴一さんが優しく笑うから。
胸の奥がきゅっと切なくなる。
優しくされても切なくなるなんてこともあるんだね。
「奈々ちゃんは寒くない?」
「あたしは……、少しだけ寒いかも」
尋ね返されて、私はぽつりとそう答えた。言いながらそっと右手を差し出すとなにも言わずに貴一さんはその手を握ってくれた。
「風邪引かないでね」
自分のことは御構い無しにそう言う貴一さんは結構過保護。
「はーい」と返事をしながら手を握り返
す。握った貴一さんの手は大きくて、固くて、少し乾いてる大人の人の手だ。
握ったところから貴一さんの体温が伝わってくる。
優しくてあったかい。
だからほんの少し切なくて。
恋ってややこしい。