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家族
翌朝。
貴一さんは朝早くに起きて仕事に行ってしまった。貴一さんの会社は今日から仕事始めなんだそうだ。
スーツ姿のかっこいい貴一さんが見れてラッキーだったけど、私の方が彼より後に起きちゃったから朝ご飯も作ってあげられなかった。
言ってくれれば、早起きしてして朝ご飯作ってあげられたし、なんならお弁当だって用意できたのに……。
「きーちさんのばーかっ」
仕事に出掛けた貴一さんを見送って、誰もいなくなった部屋でぽつりと呟く。
貴一さんの役に立ちたいのに、貴一さんが私を甘やかすからそれも出来やしない。子どもなのは自覚してるけど、子ども扱いはやっぱり悔しい。
私は深く溜息を吐きながら、自分の手のひらに視線を向けた。
手のなかにはキラリと光る銀色の鍵。
出掛ける間際に渡されたこの部屋の合鍵だ。
「なんならずっと持ってていーよ」と言いいながら渡された。
そんなこと言われたら誤解しちゃう。
いつでも来ていいのだと。
(いやいやいや、あんなの絶対冗談だしっ!!戸締りよろしくって意味だからっ!!本気にするなあたしっ!!)
鍵をぎゅうっと握りしめて、ぶんぶん頭を振って恥ずかしい妄想を振り払う。
ずっと持ってていいなんて。
意地悪なおじさんの冗談は笑えないし、期待しちゃうっての……。
「早く帰ろ」
これ以上考えないようにして、ひとり言をぽつりと呟いた。
そうして帰りの支度と戸締りの確認をすませてから貴一さんの部屋を出る。
ガチャリとドアの鍵を閉めて、その勢いのままエレベーターに飛び乗りエントランスまで降りてポストに合鍵を入れた。
カシャンと鍵が落ちる音。
これだけのことなのに、なんだかやたらとドキドキした。
ポストの前で、深く深く深呼吸。
(本当に返しちゃってよかったのかな?本当にあたしに貸してくれたものだったら?)
もう手は届かないのに、未練がましくそんなことを考える。
(ダメだ、あたし、女々しすぎる……)
ダメだダメだと思っていても、すんなり帰る気にはなれなくてエントランスでうろうろ。
すると、チンと他のエレベーターの降りてくる音が聞こえてハッと足を止める。
ポストの前でうろうろしてる女子高生な
んて、こんなの不審者極まりない。
他の住人の人に見られる前に帰ろうと、私はくるりと反転してエントランスを出ようとした。
するとその時、
「……君、奈々子ちゃんかい?」
私を呼び止める声がした。