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「……仁さん」
振り返ると、見知った男の人がいた。
(うそっ、どうして、なんで、この人が……)
動揺する私をよそに、その男の人……仁さんは薄く笑みを浮かべながらつかつかと私に歩み寄った。
「いやぁ久しぶり。僕に会いに来たって顔じゃあないよね、偶然かな?」
「……えっ、仁さん、このマンションに住んでるの?」
「いやいや、僕の可愛い恋人が住んでるのさ」
「あ、そうなんだ……」
「それより奈々ちゃんはなんでこんなところにいるんだい?
ははぁーん、さては君も恋人が?」
にこり笑いながらキザっぽい口調でわざとらしく尋ねられる。
それがほぼ図星なものだから私は思わず後ずさってしまった。そんな私の反応に、彼は確信したようにクスリと小さく笑みを零す。
「おや、図星のようだね」
「……うっ」
本当は付き合ってないけれど、そんなことも言えなくて言葉を詰まらせる。
「……うーん。人の恋路に首を突っ込むほど僕も愚かじゃなんでね、これ以上は聞かないであげるよ」
うろたえる様子の私を見て仁さんがそう言った。言いながら、ぽふっと優しく頭を撫でて。
仁さんの言葉に私はほっと胸を撫で下ろす。
(この人、話し方は変だけど紳士なんだよねぇ……)
「それより奈々子ちゃんはこの後もう帰るのかい?
せっかく久しぶりに会えたんだからランチでも一緒にどうかな?」
言いながらするりと腰に手を回された。
「えっ、ちょっ!?」
突然のことに言葉が出ない。
そのままエスコートされる形でエントランスを出ると、マンションの前には見るからな高級車が止まっていて……。
「いや、あの……っ」
いいとも嫌とも言う暇もなく、そのまま車に乗せられてしまう。
「島崎、車を出してくれ」
「かしこまりました」
運転手のおじいさんが返事をすると、車が緩やかに出発した。
焦る私をよそに、隣りに座る彼は優雅に長い脚を組んで座り、ランチの予約の電話を入れている。
しばらくして電話が終わると、仁さんはふわりと私の方を向いた。
「奈々子ちゃん、綺麗になったね」
にこりと綺麗に笑いかけられる。
甘いマスク。
サラサラの茶髪は横に流して、ブランドもののスーツを着こなして。
キザっぽい台詞も彼の容姿で言われると、実に様になる。
(普通の女の子なら、きっとこんな王子様みたいな笑顔向けられたら喜ぶんだろうなぁ……)
そう思いつつも、私は喜ぶどころか引きつった表情しか出来ない。
「……どうも。仁さんは相変わらずですね」
「君もその相変わらずの他人行儀はよしてくれよ、家族なんだからさ。仲良くやろうよ、ね?」
ぱちんと華麗にウィンクが飛んでくる。
「家族」と言ったその言葉通り。
王子様みたいなこの人は、
私の甥っ子だ。