1641
如月 仁
それが彼の名前。
私のお父さんの、孫にあたる人だ。
歳上なのに甥って変な感じだけど、事実だから仕方ない。
「家族だなんて……。あたし、愛人の子ですし……」
言いながら顔を俯ける。
そう。私は如月の家の人に「家族」と呼んでもらえるような立場じゃない。
私はいわゆる「妾の子」だから。
ママはお父さんのことを本気で愛してて、亡くなった今でも愛し続けている。
だから、こんな風な呼び方は本当は嫌なのだけれど、それでもママが愛人であったというのは事実だ。
「ノンノン!愛人と言っても、お祖母様が亡くなった後の話じゃないか。
不倫や浮気じゃないんだから、そう卑屈にならないでおくれよ」
仁さんが明るく言う。
そんな風に優しく言ってくれるのは仁さんだけだ。
博愛精神の塊のようなこの彼は、如月家で唯一私とママを受け入れてくれた人。
如月家一の変わり者だ。
「ねぇそんなことより、今日のランチは奈々子ちゃんの好きなハンバーグだよ」
話題を変えるように仁さんが言う。
嬉しいだろう?と自信満々に尋ねられて、思わず笑みが零れる。
ハンバーグが大好物だったのなんて本当はもうずっと小さい頃の話だけど……。
「あははっ、ありがとうございます」
優しくされるのが嬉しかった。
■ □ ■ □
そうして、仁さんに連れて行ってもらったのは高そうな料亭だった。
出されたのは和風ハンバーグ。
とても美味しかったけれど、明らかにこの料亭のメニューには乗ってなさそうな浮いた料理だった。
「まさか、お店の人に無理言って作らせたんですか?金に物言わせて……」
「リクエストしただけさ!そんな目を向けるのはやめてくれよっ!」
訝しげに見つめる私に仁さんは大げさに首を振る。それから少し困った風に、話し出した。
「このお店で使われてる器が好きでね、よく来るんだよ。女将とも古くからの知り合いだしね。だから顔が利くのさ」
「器?」
「そう。お皿や、このお茶碗もそうかな。フルカワってブランド、君も聞いたことあるだろう?」
(フルカワ!?)
仁さんの言葉にドキッと心臓が跳ねる。
だってまさかこんなところでそんな話題が出るなんて思ってもみなかった。
「これなんて実に素晴らしいと思わないかい?」
言いながら仁さんがお茶碗を持ち上げる。
綺麗な正円に、深い雪みたいな白色。
見せれたその食器は間違いなくフルカワのものだった。
(勉強してたつもりだけど、言われるまで気付かなかった……)
言われて見てみれば、お膳にあるのはほとんどフルカワの食器みたいだ。
食べる方に夢中で気付かなかったのが恥ずかしい……。