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「あーあー、貴一さんのせいで映画の内容全然頭に入らなかったし。貴一さんのせいでー」
シネコンからの帰り道。
冗談混じりにそんなことを話す。わざと不機嫌そうな顔をする私に対し、貴一さんは相変わらずのへらっとした表情。
「えー、僕のせい?奈々ちゃんがセクハラするからでしょ」
「セッ!? か、髪触っただけじゃん!!」
「そうなの?てっきりチューしてくるのかと思ったのに」
「ちちちち、ちゅうっ!?」
(チュー!?チューって言った!?このおじさん!!チューって!!あたしまたからかわれてる!?)
面白いやら、恥ずかしいやら、悔しいやらでいっぱいいっぱい。私のドキドキもそろそろ在庫切れになるんじゃないかな。早く追加注文しないと。
にこやかにチュー発言する貴一さんに、せめてもの仕返しで「おじさんキモい」って笑って言い返してやろうと思った。でも言い返せなかった。
チューされたから。
貴一さんに。
デコにだけど。
「奈々ちゃんがチューしてくれないようなので僕からチューすることにしました」
なんてよくわからない理屈を並べ、ペロっと下を出して悪戯っぽく笑う貴一さん。
高架線の下で人気が無いとはいえ、道のど真ん中だっていうのになんてことしてくれるんだ。
「せ、せくはらっ」
「あれ?嫌だった?」
余裕綽々に聞き返されて、嫌だと言えなかった。ドキドキはもう完売御礼。
そんな私の気持ちを見透かしてか、貴一さんはにこにこと笑いながらこう言った。
「嫌じゃないよね?
だって奈々ちゃん、僕のこと好きだもんね?」
「〜〜っ!!!??」
死にそう。