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「なっ、バレンタインって……っ!?」
貴一さんの発言にぎくりとする。
私の気持ち、全部見透かしてるみたいで。
「そうだよ、バレンタイン。当然チョコレートくれるんでしょ?」
「〜〜っ!?」
へらりと尋ねられて私は言葉が出なかった。当然ってなんだ。当然って。
「……きーちさん、チョコ欲しいの?」
「奈々ちゃんの手作りならね。きっと美味しいよね」
にこりと、いつもの胡散臭い笑顔。
ああ、もう。本当にこのおじさんは狡い。
「あたしじゃなくても、貴一さんならいくらでも貰えるでしょ」
「えー?そんなことないよ。奈々ちゃん以外の子に貰うあてなんて、おじさんありませんから」
いけしゃあしゃあと。
また貴一さんはこんなことを言って、私の心をかき乱す。
(っていうか、バレンタイン前に男の方からチョコの催促って、どんだけデリカシーないのよ!!このおっさん!!
もう、きーちさんのばーかっ!!)
恥ずかしさを誤魔化すためにそんなことを思いながら、ケーキを乱暴に口に運ぶ。
そんな私の反応を見て、貴一さんが楽しそうに目を細めた。
「……そっか、貰えないってこともあるんだよね?」
「……ふぇっ?」
ケーキを食べる私を見ながら、貴一さんは横でそんなことを呟いた。
そして、私が反射的に顔を向けると。
ちゅっ。と、キスされた。
「〜〜〜っ!?」
「ご馳走様。貰えないかもしれないから、今のうちに甘いの貰っておきました」
ぺろりと舌で唇を拭いながら貴一さんが言う。その表情は実に良い笑顔で。
私はケーキを頬張ったまま、唇を抑えて俯いた。
(うそっ、今キスされたっ!?ここお店のなかじゃんっ!?)
私は制服のままで、貴一さんもスーツのままなのに。触れただけの短いキスとはいえ、こんな人目につくところで。
信じられない。
なんてことしてくれるんだ、このエロおやじ。
キスされたと自覚すると頬が熱くなってくる。恥ずかしくて顔は上げられない。
「大丈夫だよ、誰も見てないから」
なんて余裕たっぷりの声が上から聞こえてくる。返事はせずに、とりあえず私は口にしたままのケーキを飲み込んだ。
ドキドキが止まらない。
体の奥がぎゅっとなる。
「……っ、きーちさんの、えろおやじ」
「あははっ、奈々ちゃんがつれないこと言うからだよ」
顔を上げてきっと睨みつけるけど、貴一さんの表情は崩れない。
「……じゃあっ、14日は、あたしと会って下さいよ」
「いいよ。もちろん」
「ほ、他の人のチョコは、絶対貰わないで下さい……っ」
「うん。わかった」
私の提案したわがままも、笑顔のまますんなり受け入れられた。
やっぱりこの狡い大人には、どうしたって敵わないわけで。
「ホワイトデーのお返しは、金平糖が良いかな?」
「〜〜っ、聞かないでっ!!」
ほんと。敵わない。