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「もう!貴一さんっ!」
「あはは、ごめんごめん。イザベラ、冗談だよ。奈々ちゃんは僕の婚約者」
ふざけないでと叱ると、貴一さんは可笑しそうに笑う。そして、イザベラさんに向かって婚約者だなんてことを言いながら私の肩を抱いた。
(こ、婚約者っ!?なんで?婚約者のふりはもう終わったはずなのに……)
貴一さんの言葉にびっくりして肩が飛び上がる。そんな私の反応に貴一さんがクスリと笑って、そっと耳打ちした……。
「イザベラはね、八嶋の兄貴……いや、姉貴なんだよ」
「え……っ!?」
八嶋さんみたいだと思ったら、彼女も本当に「八嶋さん」だったらしい。
(そっか。八嶋さんのお兄さん……いや、お姉さん?だから、またあの婚約者の設定を……)
そう気がついて納得する。
本気にしそうになった自分がちょっとだけ恥ずかしい。
「イザベラ、この服一式買うから。このまま着てってもいいよね」
「モチロンよ!お買い上げ有難うございまぁす」
ひとり納得している私を余所に、貴一さんとイザベラさんはそんなことを話していて。どうやらこのお洋服はこのまま着ていくことになりそうで……。
(もうどうにでもなれ……)
私なんかでは到底敵いそうにない二人を相手に反発なんて出来ないから。もう大人しくことの成り行きを見守ることにした。
そうしてそのままイザベラさんのお店のお洋服は着ていくこととなり、私の制服はお店のショップ袋に丁寧に仕舞ってもらった。
「そうだ!このワンピースね、なゆたんがデザインしたのよ」
「へぇ、あいつが……」
イザベラさんがにニコニコしながら言う。どうやらこのチョコレートのワンピースは、イザベラさんの作じゃないらしい。
けど、なゆたんって……。
「なゆたん?」
「那由多くんよ」
まさかと思って尋ねると、那由多さんの名前が出てきた。貴一さんの弟さんだ。
「那由多さんってデザイナーさんだったの?」
「そうだよ。言ってなかったけ?」
驚く私を余所に、貴一さんはしれっとそんなことを言っている。
お正月の時は那由多さんと話してるといつも邪魔してきた張本人のくせして。
おかげで那由多さんのお仕事とか全然聞く暇なかったし。
「すごいんだねー」
そう純粋に感心して、ワンピースのスカートの裾を摘まんでみる。
こんなに可愛いお洋服デザインしちゃうとか那由多さん凄い。