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前のカフェでの時。お会計をしていた貴一さんはレジのところのショーケースを熱心に見てたから。
ショーケースには色とりどりのマカロンが並んでいた。だから、マカロンが食べたいのかと思って今回作ってみたわけで……。
「マカロン嫌いだった?」
「ううん、食べたことないだけ。どうもありがとう」
「え?食べたことないの?」
「うん。僕みたいなおじさんに、こんな可愛らしいお菓子なんて食べる機会ないから」
そう言ってへらりと貴一さんが笑う。
(そっか、食べたことなかったから……ショーケースのマカロンは珍しくて見てただけなんだ……)
予想が外れて残念。
もっと喜んでくれるかと思ったのに。
「食べていい?」
「うん、どうぞ」
私が頷くと、貴一さんは小さなマカロンをぱくりと一口で丸ごと頬張った。
目を閉じて、よく味わうみたいに噛み締めて、それからごくりと飲み込まれた。
その飲み込まれるまでの小さな動作のひとつひとつを私は祈る様に見つめていた。美味しいって、思ってもらえるか不安で。
「ご馳走様。とっても美味しかった」
「……嘘だよ。甘かったよね?ううん、それより不味かった?」
貴一さんの言葉に私は首を振った。
きっと本当は美味しくなんてなかったんだって。
「嘘じゃないよ、美味しかったよ。奈々ちゃん、料理も得意で菓子作りも上手だなんて、きっといいお嫁さんになるね」
なんて貴一さんはいつもみたいな軽い口調でそんなことを言った。
私はぎゅっと膝の上に置いた鞄を握りしめた。
(そんなことを、本気で思ってもないくせに……。
だって、だって、貴一さん……)
「嘘だ。……だって、貴一さんなんか泣きそうな顔してるよ」
「奈々ちゃんのマカロンが泣きそうになるほど美味しかったんだよ」
「馬鹿にしないで。不味かったならそう言えばいいじゃん」
マカロンを飲み込んだ貴一さんの表情は、なんだか今にも泣きそうな、とても情けない顔をしていた。
口では美味しいと言っていても、その表情を見ていれば美味しくなかったことなんて明白で。
「不味かったわけじゃないよ。……そうだね、ただ、ちょっとだけ甘かったかな」
貴一さんが情けない顔のまま、困ったようにそう言った。
「……そっか。ごめんね。なにか飲み物買いに行ってくる」
「僕が行くよ」
「いいの。あたしが行ってくるから、貴一さん此処に居て」
シートベルトを強引に外して、逃げるように貴一さんの車から出た。
そのまま公園の自販機のところまで全速力で走った。雪で滑って転びそうになる事も、気にする余裕なんてなかった。
自販機に小銭を突っ込んで、缶コーヒーのブラックの購入ボタンを押す。
がこんっと、鈍い音を立てて缶が落ちてきて、それをそっと掴んで取り出した。
温かい缶の熱が手のひらにじわっと広がって、泣きたくなった。
(貴一さんのばーかっ。……なにもあんな顔するのことないじゃん)
そう心の中で貴一さんに文句を言ってみる。けど本当はわかってた。
馬鹿は私だって。
貴一さん甘いの苦手なんだって知ってたのに、もっと食べやすいお菓子だって作ること出来たのに。
浮かれて、変な勘違いしちゃった私が一番馬鹿だ。