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「ごめんね」
もう一度囁いて、貴一さんは泣きじゃくる私をぎゅうっと痛いくらいに抱き締めた。
これで終わりなのに。
まるで離れ難いみたいな、強い強い抱擁。
終わりにしようって言ったくせに、言ってることとやってることは一致してない。
「……さいごに、聞いていい?」
「なに?」
「きーちさんて、結構あたしのこと好きだったでしょ?」
涙を拭いて、軽い口調でそう聞いた。
本当はそうあって欲しいという願いを込めて。嘘でも好きだったって言って欲しくて。
「……そうだね、奈々ちゃんが思ってる以上にね」
そう言って、曖昧に笑って。
最後まで好きだとは言ってくれない貴一さんは、本当に狡い大人だ……。
「あたし、もう行くね」
「家まで送ってくよ」
「いいの」
「けど、雪が……」
「へーき!」
貴一さんの顔を見ないように、私は車のドアに手を掛けた。
「じゃあね、貴一さん」
無理やりに笑ったからきっと可愛くない笑顔だけど、最後くらい笑っていたかった。
「さよなら」とは言えなくて。
そのまま外へ出た。
こうして、実に呆気なく。
私と貴一さんの関係は終わってしまった。
■ □ ■ □
「さむっ」
貴一さんの車を出て、降りしきる雪も気にせずに歩いた。ぼたぼたと頭に落ちてくる雪が冷たくて、体中がガチガチに震えてくる。
(そうだ。傘、忘れてきちゃった……)
少し歩いたところで、貴一さんの車に傘を忘れてきたのを思い出した。
今さら取りに戻るのは、恥ずかしいし、どんな顔すればいいかわからなかった。
ていうか、もう車もきっともうどっか行っちゃっただろうし……。
(傘、お気に入りだったけど諦めよう……。貴一さんを諦められたくらいなんだから、傘くらいどうだって……っ)
そこまで考えたところで、止まったと思ってた涙がじわっと溢れてきて、ボロボロ零れ落ちた。
どんなに拭っても今度は止められない。
涙は止まらないし、雪は顔にかかるしで、顔面ぐちゃくちゃ。足元も溶け出した雪のせいで靴がドロドロ。
もう最悪。
今日はバレンタインなのに。
「きーちさんの、ばーかっ」
悔し紛れにそう呟く。
今日はバレンタインなのに、女の子にとって大切な日なのに。
こんな日くらい、甘い気分に浸っていたかったのに。
(どうしてこんな乙女心もわからないのかな、あのおっさんはっ!!
こんなんじゃ、絶対お嫁さんにも愛想尽かされるしっ)
それで離婚されて。
捨てられて。
(……そうして、あたしのところに戻ってきたら良いんだ……)
そんなことを考える私は、
最高に性悪だ。
-0214 Valentine's Day-