1641
2/ February

親友

■ □ ■ □



今だったら、

苦いコーヒーも飲めるような気がした。


家に帰ってお風呂に入って、それからコーヒーを淹れた。砂糖もミルクも入ってないブラックのコーヒー。

ふーっと冷まして口をつけると、口のなかいっぱいにほろ苦いコーヒーの味が広がった。


「まずっ……」


ごくりと飲み込んでから、 そう独り言を零す。

苦いから、涙が出た。



飲み掛けのコーヒーのカップを置いて、私はすぐに自分の部屋に戻った。
ベッドに突っ伏して、貴一さんからもらった金平糖を口に入れる。


(甘い……)

金平糖は口のなかですぐに溶けて、舌の上がざらざらした。
口のなかいっぱいにお砂糖の甘さが広がって、苦さは上書きされたはずなのに、涙はまだ止まりそうにない。

ママはまだ帰ってこなくて、家の中は暗くてしんとしてる。

寂しさに押し潰されそうになる。




(あたし、貴一さんと出会う前はどんなだったっけ……)


貴一さんと出会う前、私はどんな風に生きてただろう。ほんの数ヶ月前のことが思い出せない。

貴一さんが居なくても生きてこれたはずなのに、今では貴一さんが居ないだけでもう死にそうになってるわけで……。


手の中の金平糖の瓶をぎゅっと握り締める。



(大丈夫、きーちさんが居なくてもきっと生きてけるよ……)

心のなかでそう唱える。
自分自身に言い聞かせるように。


だって、バレンタインに大好きな金平糖貰ったんだよ。

優しくしてもらえたし、キスもしたし、抱き締めてもらえた。楽しい思い出もいっぱいにあった。


だから大丈夫。

この思い出だけで生きてける。


こんなに苦しいのも今だけだ。



……それに、もしかしたら。

時間が経てば……、私がもっと大人になれば、「あの時はおじさんに恋してたね」なんて、懐かしく今の自分を笑い飛ばせる日がくるかもしれない……。


だから大丈夫。

きっと大丈夫。




そう思うのに……



「うっ、うっ……」


涙が止まらない。

胃のなかが熱くて、さっき飲んだコーヒーがくるぐるしてて。気持ち悪い。

金平糖の瓶を抱き締めて。
クッションに頭を深く沈める。


(苦しい……っ)


つらい。誰か助けてと、無意識にスマホに手を伸ばす。


(誰かって、誰……。一番会いたい人には、もう会えないのに……っ)




……朦朧とする意識のなか、手の中のスマホの画面が光ったのが見えた。


< 152 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop