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そうして、いっぱいに泣いて泣いて。
泣き疲れた頃にママが家に帰ってきた。

外の雪もう降り止んでいた。
時刻はもう20時を過ぎた頃。

すぐにママが車で澪を家まで送り届けてくれることになって、私は熱が上がったままだったから家でお留守番となった。


その帰り際に、澪は私に一つの紙袋を渡した。

「なに?」と尋ねると、澪は「奈々子ちゃんに作ったの。バレンタインだから」と少し恥ずかしそうに答えた。

袋を覗けば、中には小さなチョコケーキ。


「あたしに?」

「うん。奈々子ちゃんと一緒に作った時みたいに上手くできなかったけど」

そう控えめに笑った澪は、いつもの……妹みたいな可愛い澪だった。



(これ、渡すためにあの時電話くれたのかな……)


私に渡すために。あの時……。

今日はバレンタインなのに。
普通だったら放課後は彼氏の陸とデートとかするもんじゃない?

それなのに、澪は私に電話をくれた。ずっと一緒に居てくれた。



(陸には悪いことしちゃったけど……あたしって、幸せ者じゃん)


そう考えると、胸の奥がきゅんと苦しくなって。もう出ないと思った涙がひとつまた零れた。


「澪っ、ありがとう……っ!」

感極まって抱き付くと、澪が恥ずかしそうに笑った。


「苦しいよ奈々子ちゃん、……それより、お大事にね」

「うん。……澪、今日は本当に、いろいろどうもありがとう」

「うん」

「澪のおかげで、多分もう大丈夫だから」

「……うん」


貴一さんのことはやっぱりまだ苦しいけれど。

だけど大丈夫。

きっと大丈夫。

だって、ひとりじゃないもん。




「ほら、奈々子いい加減に離れなさい。澪ちゃん帰れないでしょう」

「ちぇっ。ママ、安全運転で送ってね」

「はいはい。まっかせなさい!」


ママに言われて渋々澪から離れ、そのまま澪を見送った。

玄関がパタンと閉まると、家の中がまたしんとした。澪が帰って、ママも居ない。

でも、不思議とさっきほどの寂しさは感じなかった。


ふいに、キッチンに置きっ放しにした飲みかけのコーヒーが目に入った。
なんとなく思い立って、私はそれを手に取りぐいっと一気に飲み干した。

口の中いっぱいに苦い苦いコーヒーの味。

(やっぱ苦い……、けど……)



「……そこまで不味くないじゃん」


ごくりと飲み干して、そう呟く。

さっきまであんなに苦くて嫌だったのに、本当にそう思うから不思議。


苦いコーヒーが平気になっていた。

もしかしたら、私ほんの少しだけ大人になったのかもしれない……。
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