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「先日、古川の当主が倒れたらしい」
「隆雅さんが……っ!?」
先生の言葉に私は思わずガタッと椅子から立ち上がる。手にしていたカップは落としそうになって、慌ててぎゅっと握り込んだ。
(隆雅さんが倒れたって……そんなっ、どうして……っ)
どくんどくんと心臓が嫌な風に早く脈打った。
「安心しろ。命に別状はないみたいだから」
先生が安心させるようにそう言ってくれたけれど、私は上手く返事が出来なかった。
「ただ……歳が歳だから、そろそろ隠居だろうって」
「そうなんだ……」
そうか。だから、貴一さんはあの時金平糖の容れ物のことを話してくれなかったんだ。急に家を継ぐって……結婚するってなったんだ。
そう全てが納得できた。
でも、心の奥がざわざわして、なんだか落ち着かなかった。
だって、雅隆さんが倒れたのって……
それってもしかして……
"「年甲斐もなく張り切ってて大変だよ」"
あの時の貴一さんの言葉がフラッシュバックする。
(あたしが、金平糖送ったから?あたしのせいで……っ)
新作作りに張り切ってるって。
それで、無理をして体を壊した。
私のせいで……。
そう考えると同時に。ふっと手の力が抜けて、するりとカップが床に落ちた……。
ガシャンと音を立てて、カップが割れる。保健室の床にコーヒーの茶色い水たまりが広がった。
「ーーっ、ごめんなさいっ!!」
「ばかっ、触るなっ!!」
先生の止める声も気付かずに、私は反射的に割れたカップへ手を伸ばしてしまった。
「いたっ」
自分でもしまったと思うのと同時に、咄嗟に掴んでしまったカップの欠片で指を切ってしまった。
「なにやってんだ」
「ごめっ、せんせ……っ」
「手当てするぞ」
先生が私の手を掴んだ。
指を切ったと言ってもほんとに極々小さな傷。
「舐めとけば治るよ」と言う私の言葉も無視して、先生はてきぱきと切ったところを手当てする。
大袈裟な包帯はやめてバンドエイドをぐるぐる巻いて貰うだけにしてもらった。
「先生、ごめんなさい……」
「謝るな、相沢は悪くない。俺が悪かったな、こんなこと話すべきじゃなかった……」
そう言って先生がまた苦い顔をする。
その表情に、私も胸が苦しくなった。
貴一さんとダメになったことをママにも話した時も、ママもこんな風に苦い顔をしてたっけ。
(いろんな人に迷惑かけて嫌な思いさせちゃった……、あたしほんとダメだなぁ……)
そんな自分自身への反省を心のなかでぽつりと呟く。