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言われるままに私が車から降りると、貴一さんも車から降りた。
雨がざぁざぁ降っていて、外はとても寒かった。
「あ、あの……っ」
なにか言おうとしたけれど、声が震えてしまって唇を噛む。
震えてしまったのは寒さのせいだけじゃなくて、怖かったから。
貴一さんに嫌われることが。
せっかく、あのバレンタインの日に綺麗に終わらせるこのが出来たと思ったのに。
また顔を合わせることになるなんて、貴一さんに嫌われるんじゃないかって。そう思った。
それに……
(那由多さんと一緒にいたこと、誤解して欲しくないし……)
なんて色々なことを頭の隅で考えていると、貴一さんが私の腕をそっと摑んだ。
「来て」
それだけ言って、マンションの中へ連れていかれる。
エレベーターに乗ったところで手は離されたけれど、掴まれた所はビリビリした。貴一さんの体温に触れて、熱がそこにずっと残っているみたいだった。
「傘、すぐに返してあげられなくてごめんね」
エレベーターのなかで貴一さんがそう呟いた。
傘と言われ、あの日置いてきてしまった赤い傘を思い出す。
捨てていいよと陸に伝えたのに、貴一さんはわざわざ捨てないでいてくれたのかな。それだけでなんだか泣きたくなった。
泣いてしまわない様に、なにか言って返そうと思ったらエレベーターがチンと鳴った。
貴一さんの部屋がある階に着いたらしい。
結局なにも言えなくて、私はもう一度唇を噛んだ。
ガチャリと、鍵を開ける音。
鍵を廻す貴一さんの左手薬指に、シルバーのリングが見えた。
ズキっと胸が痛む。
ドアが開いて貴一さんが中へと促してくたけれど、私は扉の前でじっと立ち尽くした。
「入ったら?」
「けど……」
お嫁さんが……。
そう思って言葉が詰まる。
貴一さんの部屋に、女の人がいたらどうしよう。貴一さんのお嫁さんになんて会ったりしたら……。
立ち尽くす私に、貴一さんは困った様な顔をした。私はなにも言えなくて顔も自然と俯いてしまった。
「入って」
今度は強い口調で言われ、また腕を掴まれた。引かれるように玄関のなかに入ると、ドアをがぱたんと閉められた。
「……き……いち、さ」
「黙って」
私の言葉を奪う様に、
貴一さんがキスをした。
噛み付くような乱暴な。
ドアに押し付けられて、
何度も何度も。
懐かしいコーヒーの匂いがした。
-February-