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「相沢さんはたぶん覚えてないだろうけど……俺、保健室で相沢さんに看病してもらったことがあるんだ……」
そう先輩は話し出してくれた。
言われて、私は少しずつその時のことを思い出した。
そうだ。そんなことあった。
秋の終わり。いつものように保健室に行ったら、たまたま先生が居なくて。その時、具合が悪そうな先輩が保健室にやって来て……。
(先生居なかったから、あたしが勝手にあれこれ世話焼いちゃったんだっけ)
先輩は受験生で、あの時期に風邪なんて縁起でもないなと思って。看病しながら、お節介ながら必死に励ましてたりしてて……。
「あの時、励まされたお陰ですぐ良くなったよ。受験も、無事合格できました。……だから、最後にどうしても、あの時のお礼を言いたくて」
ありがとう。
そう言った先輩の言葉に、なんだか私の方が泣きそうになった。
「……あの、ご卒業、おめでとうございます」
「うん。ありがとう」
言って先輩は、手にしていた小さな花束を私に渡した。卒業生に配られていた桜の花束だった。
「貰って。あとで捨ててもいいから……、相沢さんに貰って欲しい」
「ありがとうございます」
そう言って私は花束を受け取って、胸に抱いた。
捨てたりしない。
先輩の気持ち、とても嬉しかった。
たぶん、きっと……
先輩と付き合えば、私は幸せになれる。優しくして貰える。めいっぱい甘えられて。甘やかさせれて、それはそれで幸せなんだろうと思った。
だけど、私は今でも貴一さんのことが好きで。この気持ちは裏切ることはやっぱり出来なかった。
(やっぱりあたし、ママの子だわ……)
ママもそうだった。
お父さんのこと、大好きだった。
好きで好きで、ただそれだけ。
お父さんはママより歳上の子供もいた。孫もいた。
それでもいいって。
ママはそれでもいいって。
愛してたから。
それで私が産まれたけど、お父さんはすぐに亡くなってしまった。
それからはママは、お父さんの残してくれた小さな幸せの思い出を掻き集めて抱き締めて生きている。
思い出だけで幸せと言って、
ずっと想い続けたいと言って、
ママは生きている。
そんなママの娘だから、私は……。
(あたしも、想うだけで結構幸せだからな……)
幸せになれる道を自分で手放してしまう。
とことん救えないわけで。