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ぜったい無理。
そう。絶対無理だ。
けれども、私の出生についてなに一つ知らない貴一さんに、そんなことは言えなかった。
私はママとお父さんの子どもに産まれて不満に思ったことなんて一度もない。
自分のこと恥ずかしいとも思ったことはない。
けど、なんというか……
やっぱり言えないわけで。
(あたしの意気地無しっ!!)
貴一さんと一緒に歩きながら私は心の中で自分を罵る。
結局断るに断れなくて、貴一さんと如月シキお婆さまの元へ挨拶に行く事になってしまった……。
広間にはそれらしい人は居なかったので、メイドさんに尋ねてみたらお庭を散歩してるんじゃないかと言われた。
なので現在貴一さんと一緒に、シキお婆さまを探して如月家の広いお庭を散策中だ。
「凄い庭だねぇ」
よく手入れされた綺麗なお庭を見て貴一さんがそう声を漏らす。
「きーちさん家のお庭の方が凄かったよ
。おっきな畑とかあったし」
そう返すと、貴一さんは可笑しそうに笑って「奈々ちゃんって結構物好きだよね」と、そう言った。
(物好きかな?あたし……)
そう思ってこくんと首を傾ける。
私としては至って普通のつもりなんだけど……。
「あ。ねぇ、あの人かな?」
そう言って貴一さんが私の手を引いた。
貴一さんが視線を向けた先には、一人のお婆さんが居た。
上品な着物を着た、少し痩せたお婆さんだった。
「失礼、如月シキさんでしょうか」
貴一さんがそう声を掛けると、お婆さんはゆっくりとこちらを振り向いた。
(うそっ……)
私はそのお婆さんの顔を見て、ひゅっと息を飲んだ。
だって、その人は、
お墓参り時の、あの時の……
ママを叩いたあの人だったから。
(や、だっ……)
心臓が嫌な風にどくんどくんと高鳴った。恐くて恐くて涙が出そうになる。
出来ることならこの場から逃げ出したかった。けれど、足がすくんで動けなかった。
「あら、紋次郎さんに千代ちゃん……、会いにきて下さったの?」
お婆さんはそう言って、にこりと私と貴一さんに微笑み掛けた。
(千代ちゃんに、紋次郎さん……?)