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「千代が亡くなった後、こう見えても僕は結構塞ぎ込んだんだよ。千代の居ない世界で、これからどうやって生きようか、どうやって生きていけるんだろうかって……」
そう貴一さんは、ぽつりぽつりと語り出した。それは本物の、古川紋次郎さんの言葉の様に思えた。
「何度か死ぬことも考えた。けれどやめたよ、千代が悲しむだろうから……。
だけど、この先お迎えが来るまで一人で生きていくのは……淋しいから」
だから、また恋をした。
そう言って貴一さんは静かに笑った。
「……そうね」
シキお婆ちゃんはそう呟いて、ふっと私の手を離した。
「そういえば紋次郎さん、あなた見かけによらず寂しがりだったものね……」
くすりと小さい笑みが零れる。
お婆ちゃんは、また笑ってくれた。
その笑みに、さっきまでの張り詰めた空気も緩んで、私も貴一さんもほっと胸を撫で下ろした。
「ねぇ、千代ちゃん……春彦もそうだったのかしら……? 私ね、春彦にも悪いことをしてしまったわ」
そう言ってシキお婆ちゃんは私を見つめた。
「春彦?」と不思議そうに目を向ける貴一さんに、私は「お婆ちゃんの弟」と小さく答えた。
春彦さんは、お婆ちゃんの弟。
私のお父さんの名前だ。
「春彦も、若い女と子どもをつくったの。私……どうしても許せなかったの。春彦が、千代ちゃんを忘れてしまった紋次郎さんと同じに思えて……」
「うん……」
泣きながら話すお婆ちゃんに、私は泣くのを堪えながら頷くことしか出来なかった……。
知らなかったお婆ちゃんの胸の苦しみ。
今までずっと、ただ恐い人だと思っていた。こんな風に心を痛めてたなんて、思わなかった。
きっと、千代さんと紋次郎さんのことが凄く凄く好きだったから……。
「シキさん、大丈夫だよ……」
気付いたら、そんな言葉が口から零れていた。
「……大丈夫、春彦さんはシキさんのこと恨んでないよ」
私のママも。
そして、私も……。