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「……あたし、貴一さんにお返ししたい」
「えっ、古川さんに……っ!?」
私が呟くと、澪はびっくりしていた。
澪が驚くのも無理はない。だってバレンタインの時、私はあんなにボロボロだったから。
「や……やっぱり、やめた方がいいかな……」
澪の反応に、思わずそう零す。
うん。やめた方が良いのは私も本当はわかっている。だって、貴一さんはもう既婚者なんだから。
(でも、澪の話聞いてたら無性にお返ししたくなったんだよねー、……それに、今までなにも贈ったことなかったから、余計に……)
そんな私の気持ちを感じ取ったのか。
澪が「ごめんね、私がホワイトデーの話なんかしたから……」と、悲しそうに俯いた。
「いやいや!澪は悪くないって」
私は慌てて首を振る。
悪いのは私の方。もういい加減、貴一さんのこと引きずるのやめた方が良いだろうとは自覚している。
「……奈々子ちゃんが贈りたいって思ってるのなら、そうしたっていいと私は思うよ」
必死に謝っていると、ふいに澪が静かにそう呟いた。
まさかそんなこと言われるなんて思ってもみなかった。びっくりした。
けど、嬉しかった。
私の気持ち、応援してくれるみたいで。
「澪、ありがと」
「うん」
そうして私と澪、は互いに顔を見合わせて小さく笑った。
■ □ ■ □
そうして昼休みが終わり、午後の授業が始まった。
午後一の授業は科学で、教室は理科室。
出席順の班ごとで座るので、私は陸と同じテーブルについた。
「ねー、貴一さんの今欲しい物ってなに?」
授業を半分聞きつつ、頭の中は貴一さんへの贈り物でいっぱい。
貴一さんと仲が良い陸に尋ねてみると、陸は意外そうな顔で私を見た。
「別れたんじゃなかったっけ?」
「……別れてないし、そもそも付き合ってませーん」
なかなか私の傷を抉る聞き返しをする陸に、つんと言葉を返す。
(振られたんだよっ!陸のバカっ!!)
なんて心の中で絶叫もしつつ。
「一応、バレンタインのお返しくらいはしたいから……」
しおらしく話してみると、陸はうーんと考え込んでからぽつりと一言……
「水とか食料とか……?」
「は?」
「いや、今風邪で寝込んでるって言ってるし」
呆然とする私に陸がそう答える。
バレンタインのお返しだって言ってるのになにずれたこと言ってるんだ……。
そう思いながらも、貴一さんが風邪だと聞いて私は居ても立っても居られない気持ちだった。
「奥さんは?看病してくれないの!?」
「奥さん……? あー……、今まだ一緒に住んでないらしいよ……」