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陸の話によると、貴一さんはまだお嫁さんとは一緒に暮らしていないらしい。
そう言えば、先日のお婆ちゃんのパーティの時も一人だったし。急な縁談だから式もしていないと言っていた。
(あんな生活力のない人が風邪引いて一人きりだなんて……)
「きーちさんの風邪、大丈夫なの……?」
「心配ならお見舞い行ってきたら?」
心配になって尋ねると、陸からはなんか意地悪な返事。
心配だけど、私がお見舞いに行くというのはなかなか難しい話だ。逆に貴一さんの迷惑にしかならなさそう……。
そう思って言い返そうとしたその時、
「陸、奈々子、私語が多い」
同じ班の雨宮さんに叱られた。
そう言えば今は授業中だったっけ。
雨宮さんは超が付くほど真面目な優等生なので逆らえない。私も陸も雨宮さんに叱れてすぐに口を閉じた。
(……まぁ、でもお見舞いって名目の方がお返しとして渡しやすいかも……、実用的だし……)
形に残るような物は諦めるとして、役に立つ物をあげようかな。
大人しく授業を受けつつ、頭のなかではそう考え直す。
そうして私は今日の放課後、貴一さんの家に行ってみることに決めた……。
■ □ ■ □
放課後になり、私は貴一さんが住むマンションへ向かった。
途中ドラッグストアで買い物もした。
水分がたくさん摂れるように、ミネラルウォーターとスポーツドリンクを2本ずつ。それにレトルトのお粥や食料、熱さましのシートとか。
とりあえず必要そうな物は一通り買ってきたつもりだ。おかげで袋は結構重かった。
「あ〜、緊張する……」
マンションに入りエレベーターに乗り込んで、そうひとり言を零す。
階がひとつ上がるごとに心臓もドキドキ。
いつもはあっという間に到着したように思えるエレベーターも、今日ばかりはとてもゆっくりに思えた……。