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貴一さんの家のキッチンを使ったって。
じゃあ昨日感じたキッチンの使用感は、お嫁さんじゃなくて、陸が……?
(……もしかして、もしかしてだけど……なにか勘違いしてたのかもしれないっぽいぞ、あたしは……)
心臓が変にドキドキした。
嫌でもなにか期待してしまいそうで。
「……菓子作りばっかりに使わせてもらうのも悪いから、たまに普通の料理も作ったりもしたけどな。あのおっさん、料理全くしないからさー……」
そう話しながら陸が意味深に笑う。
「しかも、料理しないくせに変なとこ拘りあるみたいでさ……鍋だけは使わせてくれないんだよな」
「お鍋?」
「そう。ホーローのちょっと大きめのやつ。大事なんだって」
……心臓が、止まるかと思った。
だって、あのホーローの鍋は私が選んで貴一さんが買ったもので。ビーフシチューとカレーの時しか使ってなくて……。
(……それが大事って、どうして?
大事だから陸には使わせなかったの?どうして大事って、思ってくれてるの?どうして、どうして……)
頭のなかでぐるぐる疑問がせめぎ合う。
そんな私を余所に、澪と陸は会話を続けている。
「結局、鍋は家のを持ってたりして料理作ったかな。あと母さんが家で煮物作ってたからそれも持ってたりした。お裾分けにって」
「陸君のお母さんお料理上手だもんね。古川さん喜んだね、きっと」
「それが、あのおっさん良い歳して舌が子どもなんだよ。煮物とかあんま食わないっぽい。
で、カレーなら食べるって言うから、カレー作ろうかって聞いたら俺のカレーは食べたくないって、すげーわがまま」
「あはは、可愛いね」
私は2人の会話には入れなかった。
……だって、だってこれは、
キッチンの使用感も、冷蔵庫にあった食材も煮物も……都合の良い風に捉えたら、昨日の私の嫉妬は全部勘違いということになって。
隆雅さんの手紙だって、都合の良い風に捉えたら、もしかして貴一さんは本当は結婚なんかしていないかもしれなくて……。
(……きーちさん、結婚してるって、うそついてた?なんで?どうして?)
考え出したら止まらない。
途中から二人の会話も耳に届かなくなってしまったほど。
とにかく頭の中がぐちゃぐちゃ。
でも、森川先生が言っていた。
"手紙読んでから考えろ。自分のしたいこと"
(あたしの、したいこと……)
それって……
私のしたいこと、しても良ってこと?
「……りく」
「ん?」
「頼みが、あるんだけど……」
心臓がすごくドキドキしてる。
陸と澪はまっすぐ私を見つめて、言葉の続きを待っていた。とても、優しい顔で。
「あたし、もう一回貴一さんに会いたい」
「うん」
「……だから、もう一度、貴一さんに会いに行けるきっかけ、ちょうだい……」
今すぐ駆け出したかった。
貴一さんの元へ。