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「奈々子、今いくら持ってる?」
「……へ?」
「1000円」
「ん?」
「1000円あるなら、これ買わない?」
ぴらりと見せられたのは、タクシーの領収書だった。1000円分の。
「なにこれ」
「見ての通りタクシーの領収書。まだ貴一さんに請求してないやつ」
「請求?貴一さんに?」
陸の言おうとしてることがさっぱりわからない。首を傾げる私に、陸はにっこり笑ってこう話し出した……
「前に外で貴一さんと会った時さ、俺と会う前から結構呑んでたみたい。
それで飯食ってる時もかなり呑んでさ、結果酔い潰れたんだよ。その時に使ったタクシー代な、これ」
陸の話にびっくりした。
だって、貴一さんって結構お酒強かったよね。それが酔い潰れるだなんて。
「貴一さん、酔い潰れるまでなんでそんなに呑んだかわかる?」
「なんでって……」
「奈々子のこと、結構本気で悩んでたよあの人。酷い振り方したって……。
好きなのはきっと今だけだから、いつか飽きられる日がくるってずっと覚悟してた。だからこんな風に傷付けて別れを切り出したくなかったって」
「……っ、なにそれ」
「後悔してるよ、バレンタインの時からずっと……」
そう言って陸が笑った。
「で?買う?」
ひらひらと目の前を泳ぐ領収書の紙切れ。
貴一さんに会いに行けるきっかけ……
そう考えただけで、今の私にはこの紙切れがとんでもないプラチナチケットのように見えた。
「かっ、買った!」
「まいど」
勢いよく手を上げると、陸がにっと笑う。悔しいけどイケメン。
(澪、あんたの彼氏って平和そうに見えるけど、実は1番とんでもない奴なんじゃないの……)
そう思いながら澪を見れば、澪もなんだか幸せそうに微笑んで私を見てた。
「いってらっしゃい。奈々子ちゃん」
「ありがと……いってきます」
澪に言ってもらえたら、なんだかすごく勇気が湧いてきた。
私は二人に見送られながら教室を後にした。
……そうして、
1000円払って手に入れたタクシーの領収書を手に、私は貴一さんの会社のビルに乗り込んだ。