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貴一さんはどうしてか薬指の指輪をはずしてくれない。もう私に嘘つかなくてもいいのに。
付き合い出して最初に指摘した時は女性除けと周りへの牽制も兼ねてるからと言われて、その時はなんとなく納得した。けれど私の前でもずっと嵌めたままというのはやっぱりどうかと思うわけで。
「ねぇ、どうして指輪はずさないの?」
「んー……教えてもいいけど、恥ずかしいなぁー」
言いながら「きゃー」っと、乙女みたいに恥ずかしそうに両手で顔を隠す貴一さん。なんだこの可愛い中年。
「絶対笑わない?」という前置きにうんと頷くと、貴一さんは一旦立ち上がって別の部屋に入った。
そしてすぐに戻ってきて私の横に座ると、私に小さな箱を手渡した。
「これって……」
「開けてみて」
まさか。そう思いながら恐る恐る箱を開けると、そこには貴一さんの付けているのとペアの……サイズの小さめの指輪があった。
「これ……っ」
「うん。本当は大晦日の日、こっちを渡したかったんだ……奈々ちゃんが本当に婚約者になってくれたらいいなって、僕の方は本気だったから。
けど、女子高生の君にはいくらなんでも重すぎるでしょ……」
だから直前で別の指輪を用意してそれを私に渡したのだと、貴一さんは気恥ずかしそうに話した。
「でも、どうしても捨てきれなくてねぇ。あはは、未練がましいでしょ……」
「ううん。すっごく嬉しい」
指輪の箱をぎゅっと大切に握り締める。
とても嬉しくて、幸せで。
「……だから、僕としては出来ればこの指輪ははずしたくないのですが」
「うん。いいよ、喜んで……」
そう返すと、貴一さんは「ありがとう」と言って指輪にキスを落とした。
それから私にも、優しくキスをしてくれた。