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「あっ……」
なにか言わないと……そう思って口を開く。けど、口の中がカラカラに渇いて声が出なかった。
見上げると、貴一さんも私を静かに見下ろしていた。
「ごめん、またからかっちゃったね」
少しの沈黙の後。そう言って貴一さんがへらっと笑った。
(からかってた?ほんとうに?)
つきんと胸の奥が痛む。
どうしてこんなに苦しくなるの。
「き、きーちさんの、ばーかっ」
咄嗟に出た言葉は、そんな可愛くない言葉。けど貴一さんはふふっと嬉しそうに小さく笑った。
ふいに大きな手がそっと伸びてきて、私の髪に触れる。
「ごめんね。意気地なしで」
言いながら離されたその指先には、桜の花びらを掴んでいた。風が吹くと花びらはどこかに飛んでいってしまった。
「ほんと。意気地なし……」
「うん。ごめんね」
そう呟くと貴一さんは目尻を下げて、笑みを浮かべていた。
けど、きっと私の方も意気地なしだ。答えをすぐに口にできなかったのだから……。
公園を抜けて、地下鉄の階段を降りる。
地下鉄の改札をピッと音を鳴らして潜ると、電車はもう出発するところだった。
終電というわけじゃなかったけど、乗れなかった事が残念というか嫌だった。だって、次の電車まで貴一さんと二人きりでどうやって待てば良いのかわからなかったから。
けどそう思うのは私だけなのか。貴一さんの方は平然としていていつも通りだった。
「今日は誘ってくれてありがとね」
「う、ううん。あたしこそ、付き合ってくれてありがと。りんご飴もありがと……」
ぎこちなく返す。
手に握ったりんご飴はまだ全然無くならないけど。
「ねぇ、奈々ちゃん」
「うん?」
「来年も、一緒にお花見しようね」
「え……」
貴一さんの言葉に思わずりんご飴の棒を落としそうになる。ぎゅうっと握り締める手に力を込める。
「来年のお花見までにはちゃんと言うから……奈々ちゃんもちゃんと覚悟しといてね」
そう言って微笑まれる。
その笑みに、じわじわと私の身体中が熱くなる。きっと今の私は、りんご飴みたいに顔が赤いと思う。
(敵わないなぁ……)
そう思う。
貴一さんにはたぶん一生敵いっこないって思う。
(あたしも、また来年貴一さんとお花見したいな)
そんな思いを込めて、小さく頷いた。
-April-