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「お待たせしましたー!」
暗い気持ちを拭って、笑顔を貼り付ける。古川さんに暗い顔なんて見せれない。
元気良くキッチンから出て、温めた料理を持ってテーブルにことりと置く。
すると、
「あれ……?」
古川さんが首を傾けて、小さく寝息を立てていた。初めて見た寝顔はどこか子どもっぽくて可愛い。
(お疲れなんだ……)
こんな夜遅くまで働いて、仕事ですごく疲れてるんだ。古川さんは優しいから、私が作ったって言えばご飯も食べてくれる。
本当はご飯もお風呂もすっ飛ばして寝てしまいたかったのかもしれないのに……。
そういうところ、気付いてあげれない自分はやっぱり古川さんの婚約者としては失格だ。
(起こしちゃって、良いのかな……?)
座ったまま寝るのって良くないし、けど、疲れて眠ってしまった人を起こすのは気が引ける。それに、出来るならこのまま古川さんの寝顔を堪能したいっていう下心もある。
(髪、柔らかそうだなぁ……)
規則正しい寝息と共に小さく揺れる古川さんの髪の毛。ちょっと癖があってふわっとしてて柔らかそうな古川さんの髪の毛は、いつも触ってみたいと密かに思っていた。
(ちょっとだけ……)
ついつい出来心で手をそーっと手を伸ばして触れてみる。もふっとした見た目通りな感触に思わずにやけそうになる。
(って、なにやってるのよあたし……)
途端に自分の行動に気恥ずかしくなってすぐに後悔した。気付かれないようにそのままそっと手を離そうとした。その時。
「なにしてんの」
そう小さく呟いて、古川さんが私の手を握った。
「なっ、なんでっ!?起きてたの!?」
「起きたの」
言いながら古川さんは悪戯っぽく笑って、私の手を離してくれない。至近距離で見つめられて、心臓がすごくドキドキした。
「こんな無防備に男に触ったら駄目だよ」
「ひゃっ!?」
突然すっと腰の方へ手を回されて、思わず変な声が出る。
「ふ、古川さん……?」
古川さんの手つきは、いつもの優しい感じじゃなくて……なんだか強引な、男っていうのを意識してしまうような手つきだった。
「気安く男に触るもんじゃない……こんな風にさ、襲われても知らないよ?」
「〜〜っ!?」
抱き締められるように耳元で囁かれた言葉は、恋愛初心者の私には刺激が強すぎて。ドキドキを通り越して眩暈がしそうなほど。
(古川さんになら、
襲われても……良いんだけどな……)
クラクラとした意識のなかで思ったのは、決して口には出せない恥ずかしいことだった……。