1641
■ □ ■ □
「最後にさ、どこか行こうか?奈々子ちゃんの行きたいところ連れてくよ」
最後の日曜日。
古川さんが私に気を遣ってか、そんな提案をしてくれた。
どこへでも連れて行くと言われて、私は思わず「クジラが見たい」と口にした。
「……クジラ?
クジラかぁ……難しいね」
古川さんは私の言葉に困った様に小さく笑った。
私も、どうしてクジラが見たいだなんて言い出したのか、自分でもわからなかった。
……けれどたぶん、この関係を終わらせたくなかったからだ。
どうしようも叶わないようなお願いをしたら、また次の約束が出来るような気がしたから……。
それにクジラは、古川さんが好きな動物だから。
「クジラかぁ……うん。いいよ、行こうか」
予想に反して、古川さんはうんと頷く。困っていたのは最初だけで、なにか思いついたみたいにそう答えた。
(まさか、海の上まで連れてかれたりして……)
なんてぼんやり思いながら、行き先は古川さんにお任せ。彼の運転する車に乗った。
車で一時間以上かけて着いた先は、海……ではなく、博物館だった。
「博物館にクジラ?」
「クジラの骨がね、展示されてるんだ」
「骨……」
古川さんの答えに、ロマンチックの欠片もないなと思った。本当に乙女心のわからない困ったおじさんだ。
「ほら、行こうか」
そう言って手を繋がれる。
ドキッと心臓が跳ねる。
いつもの子ども扱いの延長みたいなこの手を繋ぐ行為は、悔しいけれど嬉しかった。古川さんの手はあったかくて大きかった。
促されるまま博物館に入ると、入ってすぐのホールみたいな大広間にクジラの骨はあった。
「わぁ……!」
大きくて白い。クジラの骨。
天井から吊るすように展示されていたそれを見上げて思わず声を漏らす。
「すごいね……」
「うん、すごい」
間近で見るそのあまりの壮大さに、私も古川さんもすごい以外の言葉が出ない。
胸がいっぱいになるような、幸せな気持になった。
2人で手を繋いだまま、ただただクジラの骨を見上げる。
それだけのことなのに、どうしてこんなに満たされた気持になるのだろう……。