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「なにもしない」と言ったその言葉通り、その夜、貴一さんはキス以上のことはなにもしてこなかった。
とはいえ、ゲームして夜更かししてたら二人してソファで寝てしまったから。そういう雰囲気とかじゃなかったってだけのことだ。
起きたらもうお昼前。
二人してのろのろと身支度を済ませたところで、貴一さんが冗談ぽくまたぎゅっと私を抱きしめる。
「奈々ちゃん、お腹すいた〜」
いい年して甘えてくるこのおじさんを、可愛いと思ってしまうのだから救えない。
私は貴一さんの柔らかな髪の毛をもふもふと撫でながら返事をする。
「残ったシチュー食べます?それか、シチューをドリアかオムライスのソースの代わりにして……」
「あ!オムライスがいい!ケチャップで名前書いて!新婚さんみたいに〜」
メニューを考える私に、ふざけてそう言う貴一さん。
「シチューを使うって言ってるでしょっ!!このおっさん!!」
新婚というワードに恥ずかしくなって、ぷいっとそっぽ向いてキッチンに入る。
貴一さんの言葉を考えないように、家から持ってきていた黒のエプロンを着けて料理に取り掛かろうとする。
「ふりふりのエプロンも買えば良かったね〜。新婚さんみたいに」
なんてまたわざとらしくカウンター越しに貴一さんが言う。からかわれてるなんてわかってるけど、嫌でも顔に熱が集まってしまう。
本当に貴一さんは狡い大人だ。
昨日の余りのシチューは、貴一さんのリクエストでオムライスに。
でも、呆れたことにこの部屋には炊飯器がなかった。炊飯器が無いってことはもちろんお米も……。
「炊飯器買ってこようか?」
「買ってこなくていいから!!
それより、コンビニ!パックのご飯買ってきて!それか冷凍のチキンライスがあったらそっちで!あとケチャップも!」
「りょーかい」
へらっと笑い、ちゅっと私のデコにチューする貴一さん。
何度目になるかももうわからないのに、それでも貴一さんからのチューは恥ずかしい。
「〜〜っ、もうっ!!早く行ってきてください!!」
「はいはい。いってきまーす」
照れ隠しに強引に貴一さんを玄関に追い出した。
ひらひらと手を振って出て行く貴一さんを見送ってから再びキッチンに戻って作業を再開する。
シチューを温めて。
少し濃いめに味付けし直して。
貴一さん早く帰ってこないかな……。
買い出しに行った貴一さんの帰りを待っていると、なんだか私もまるで新婚さんみたいな気分になってくる。
(って、アホか、あたし)
一人で想像して顔真っ赤にして、そんな自分に自分でツッコミを入れた。