1641
そうして貴一さんのお父さんへの挨拶を終えると、私たちは貴一さんの部屋に移動した。
「緊張したぁ……」
「あはは、ありがとう奈々ちゃん。お疲れ様ー」
部屋に通されて、貴一さんがドアを閉めた瞬間、私は緊張から解放されてその場でへたり込んだ。
へたり込む私に対し、貴一さんはやけに晴れ晴れとした笑顔だった。
「凄い、緊張した」
「うん」
もう一度しみじみと呟くと、貴一さんはにこにこ笑いながら頷いた。
「お父さん凄く厳しそうな人だし……っ」
「うん。鬼みたいに怖い人だから」
さっきの事を思い出してまだ心臓ばくばくさせてる私。にこにこ笑ってる貴一さん。
「でも、頭下げられちゃった」
「うん。奈々ちゃん認められたんだよ」
「あたし、偽物なのに……」
「うん。けど、後々本物になれば問題ないよね?本当に結婚しちゃう?」
「貴一さんのばかっ!!」
(本当に貴一さんのご両親に婚約者のふりして挨拶しちゃった。嘘ついちゃったよ……)
そのことを実感して怖いやらなにやらで泣きそうになる私。それに対し貴一さんは相変わらずにこにこ笑っていた。
ついでにいつものたらし文句も付けて。
「本当に結婚しちゃう?」だなんて、私の気持ちを知っててまたからかうのだ。そんな貴一さんの言葉に私もついつい怒ってしまう。
半泣きだから全然迫力ないけど。
「きいちさんのばかぁっ」
「わっ、ごめんごめん」
にやけ顔のまま貴一さんが少し慌ててそう言い、私を緩く抱き締める。
それから、小さい子をあやすみたいに、ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。
恥ずかしいけど、貴一さんにそうされると何故か不思議と安心する。怒ってるはずなのに、その抱き締める腕を拒めない。
これだから貴一さんは狡い。
されるがままの体制だったけど、私はそっと甘えるように貴一さんの肩口に顔を埋めた。
(あれだけ頑張ったんだし、これくらい甘えてもいいよね?)
と、心の中で誰にともなく尋ねる。
貴一さんはなにも言わなかったけれど、まるで「いいよ」と返事をするみたいに少しだけ抱き締める力を強めてくれた。
これって結構幸せなことかもしれない。