ヒカリ


「どうだった?」
朝一番で珠美が聞いて来た。

「いい人だね」
奈々子は答える。

「付き合う?」

「お試しで」
奈々子はそう言うと
「ありがとう」
とつけ加えた。

「いいの、いいの! そうか、よかった」
と珠美は笑顔になった。


今日は結城が診療所に来る日だ。

奈々子はどうやって顔を合わせるか考える。


「堂々としてればいいんだよ」
珠美が奈々子の考えていることを見透かすように、そう言った。

「うん」
奈々子はうなずいた。


お昼前、いつもの時間に結城は現れた。


いつもと変わらない。
口惜しいほどに、魅力的だった。


待合室にいる女性たちは、ほうっと溜息をつく。


結城は笑みを浮かべ、受付に近づいた。


「こんにちわ。納品リストです」
結城が紙を差し出す。


奈々子は表情を変えずにそれを受け取る。
結城がカウンターに薬品を並べて行く。
珠美がその数を数えた。


「大丈夫です」
奈々子はサインをし、リストを返す。

「本当に暑いですね」
結城が汗を腕で拭った。

「そうですね。熱中症気をつけてくださいね」
珠美が笑顔でそう返した。

「ここは涼しくて天国みたいです」
結城が天井の冷房の送風口に顔を向ける。
風が結城の艶のある前髪をなびかせた。

「ああ、そうだ」
珠美が声をあげた。

「来週はお盆休みをいただいてるんです。須賀さんもお休みですよね」

「はい。でも一日か二日は、新人なんで出社予定です」

「そうなんですか。実はうちも休日当番医なので、火曜日だけ開けてるんですけど。でも、納品はお盆開けで大丈夫ですから」

「わかりました」
結城はそう言って、鞄を肩にかけ直した。

「須賀さん、いらっしゃい」
八田さんが診察室から顔を出した。

「こんにちわ」

「今日、寄って行ってって言いたいんだけど、食べるもの何もないのよね」
八田さんが言う。

結城は
「そうですか。残念」
と言って、奈々子を見る。

「あ〜。また奈々子ちゃん見てる」
鈴木さんが八田さんの後ろからひょいと顔を出した。

結城はにやっと笑った。

「つい、見ちゃうんです」

珠美が
「奈々子は免疫がゼロだから、あんまりいじめないであげてくださいね」
と言う。

「ちょっと……」
奈々子は思わず珠美の膝を叩いた。

「心外だな。いじめてなんかいませんよ。むしろ親切にしてます。あ」

結城はそう声をあげると、ポケットからハンカチを取り出した。

「この間お借りしたものです。ありがとうございました」
と奈々子に返した。

映画館で貸した白いハンカチだ。
きれいにアイロンがかけてある。

「いつのまに?」
鈴木さんが興味しんしんで受付の中に入って来た。

「はい、ちょっと」
結城はそう言って、それから奈々子を見た。


奈々子は波立つ心を見せぬよう、つとめて冷静に結城の顔を見返した。


「奈々子、彼氏いますよ。だからちょっかい出しちゃダメですからね」
珠美が言う。


すると結城は驚いた顔をした。


「ほんとですか?」


「そうそう。昨日できたばっかり」
珠美はなぜか自慢げに答える。

「昨日?」

「そう。ね、奈々子」

「……うん」

「それは……ずいぶんとホットな話題ですね」

結城はそう言うと奈々子を見た。


奈々子は動揺していたが、そんな奈々子よりもずっと結城は動揺しているように見えた。


そんな馬鹿な。


奈々子は、一瞬頭に浮かんだそんな印象を、吹き飛ばした。


「じゃあ、土曜日に」
結城はそう言うとお辞儀をして、診療室から出て行った。


彼の余韻が待合室に漂う。


八田さんが気を取り直して
「次の方、診察室にお入りください」
と声をかけた。


鈴木さんが奈々子の方に顔を寄せる。

「奈々子ちゃん、彼氏できたの?」

「……はい」

「須賀さん、結構動揺してたみたい。意外に本気だったりして」
そういうと笑って診察室に戻って行った。

珠美が「うそうそ」と首を振る。

「あの人は、全部計算してるんだって。奈々子、流されちゃ駄目だよ」

「うん」
奈々子はうなずいた。

< 105 / 228 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop