ヒカリ
十二
来週からお盆休みだ。
今週は希望者だけの預かり保育があるだけだ。
拓海は園庭に続くデッキの上に立ち、真っ青な空を見上げた。
園庭に植えられている木々にはたくさんの蝉がつき、大きな声でないている。
子供達は水鉄砲で蝉を撃ち落とそうとしていた。
「かわいそうだから、やめてあげて」
白いTシャツにショートパンツのゆきが、子供達に大きな声で話しかけていた。
「じゃあ、ゆき先生に」
年長の男の子がそう言うと、子供達は一斉にゆきに水を浴びせかける。
あっという間に全身がびっしょりとぬれて、ゆきは園庭を走って逃げ回っていた。
水に太陽の光があたって、一瞬の虹を見せる。
水着姿の子供達は、裸足で園庭を駆け回る。
一人の子が蝉の捕獲に成功したようだ。
びしょぬれのゆきに、蝉を見せようと近づく。
ゆきは小さな手に捕まえられた蝉をみて
「よく捕まえられたね」
と、その子の頭をなでる。
「知ってる? せみさんって、本当に短い間しか生きられないの。だから離してあげようよ」
最初は渋っていた子供も、ゆきの説得でそっと手から蝉を放す。
大きな音を立てて、蝉が飛び回り、ゆきは子供と一緒に蝉を見て
「ほら、木に帰ってった」
と指差した。
そういえば鈴音は蝉が嫌いだった。
背中についた蝉を「とって」と涙声で訴えた。
もう随分昔の話。
彼女の顔もはっきり思い出せない。
それなのに。
それなのに、この喪失感が消えることはないのだ。
拓海はポケットから、りなの父親の携帯番号の紙を取り出した。
まだ電話をしていない。
電話をして、何を話すのだろう。
殴られ、罵られ、幼稚園から出て行けと言われるのだろうか。
顔をあげると、ゆきが拓海を見ていた。
拓海は目をそらし、背中を向けてクラスの中に入って行った。