ヒカリ


店内にはヒーリング音楽が流れている。
タバコの匂いが漂う。


拓海はじっとテーブルを見つめる。
コーヒーを一口飲んだ。
すっかりぬるくなっていて、苦みだけが舌を刺激した。


悲しかった。


どうしてこんなに悲しい気持ちになるのか、自分では説明がつかない。
悲しくて仕方がなかった。


拓海は鞄を肩にかけ、立ち上がった。

店を出る。
そして駅とは反対方向に歩き出した。


高架下を歩く。
しっとりとした夜気が、拓海の肌を通り抜ける。
見上げると星が見えた。

きれいだ。


拓海はふと気になって後ろを振り返った。


ゆきが十メートルほど後ろからついて来ている。
道路脇の店舗の明かりが、ゆきの姿を浮かび上がらせていた。


心配そうな表情をしている。


「あの……」
ゆきは気まずそうに顔を伏せるながら、拓海のもとに歩み寄る。

「大丈夫でしたか?」
ゆきがたずねた。

「……うん」

「ごめんなさい、気になっちゃって」

「大丈夫。俺は平気だよ。帰りな」
拓海はそう言うと早足でゆきから去る。


ゆきは再び拓海の後を追ってきた。


「何か用?」
拓海はいらだつ気持ちを抑えつつ訊ねる。

「あの……拓海先生が泣いてるみたいだったから」

「泣いてないよ」

「でも……」

「おせっかいは嫌いなんだ。ゆき先生には関係ない」


拓海がそう言うと、ゆきは悲しそうに目をふせた。


ゆきのその表情を見ていると、大人げなくゆきにあたってしまったことを、拓海は恥ずかしく思った。


「ごめん」
拓海は言った。


「わたし、おせっかいです。でも放っておけない」


ゆきはそう言うと顔をあげて、拓海を見つめる。


あまりにもきっぱりとした言い方に、拓海はびっくりした。

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