ヒカリ


拓海は話しだした。


「高校三年のとき、彼女に出会った。俺の母親と同じ年。三十前半。母は十六で俺を産んだから、すごく若かったんだ。彼女は離婚したばかりで、一人だった。彼女に会ったとき、胸が高鳴った。恋とは違う感じ。でも運命的な出会いだと思った。俺は自分の未来を全部、彼女に捧げようと思った。一時も側を離れたくないと、本気で思ったんだ」


「彼女といる時間は本当に幸せだった。穏やかで、ゆったりと流れる。心地がよかった」


「俺は傍目から見ても随分危うかったと思う。母さんは俺を止めた。『本当に彼女が好きなのなら、大人になるまで待ちなさい』……でも、俺は待てなかった。母さんには家を出て彼女と住むと言った」


「ある日、母さんは彼女のところにきて、頼み込んだ。『拓海としばらく離れてほしい。拓海が大人になるまで、ほんのちょっとだけ。頼みを聞いてくれないのなら、今ここで死にます』と」


「母さんは自分の首にはさみをつきつけ、彼女にせまった。彼女はそのはさみをとりあげようともみ合って、結局彼女は死んだ」


拓海は目を閉じた。
今もあの部屋の光景が鮮明によみがえる。


「い草の香りと、むせ返るような血の匂い。駆け込んだ部屋の真ん中で、彼女は倒れていた。畳も壁も天井も、真っ赤な血が飛び散っていて、母さんは血に濡れたはさみを持って座り込んでいた」


「俺は彼女に駆け寄って……頭を抱き寄せた。人間の身体って、こんなに血が入ってるんだって思った。恐ろしいほどの勢いで流れ出るんだ。熱い、濡れた感触が、俺の手に、腕に、足に……」


拓海は自分の手を見た。
乾いたその手のひらは、不思議と濡れているように感じる。


「彼女の命が身体から抜け出るとき、彼女が微笑んだ。『ありがとう。大丈夫、また会えるから』って、そう聞こえた」


拓海はゆきの顔を見た。


ゆきは拓海の手をそっと握った。


血の生暖かい感触が、手の平から消えて行く。
そのかわりにゆきの肌の温かさを感じた。


「母さんは自分のしたことに耐えられなくて、拘置所で衰弱死した。人は……生きようと思わない限り、生きて行けない。俺もすぐに死んでしまいそうだった。この世界に生き続ける意味は、もうないと思った。だけど……彼女がまた会えるって……そう言ったから。この世界のどこかで、新しい命をもらって、俺に会いにくる。それだけを待って、待って、待ち続けて、今までやっと生きてきたんだ」


「俺はまだ待ち続けてる。これからもずっと。真っ暗なこの道を照らす光を、見つけることなんてできやしない。できるわけないんだ」


拓海は唇をぎゅっと結び、目を閉じる。


ゆきはそんな拓海をそっと抱きしめた。

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