ヒカリ


どうしても比べてしまう。
全部が結城と違う。


ビールのグラスを持つ手はがっしりしていて、男っぽい。
男性的な首から肩のライン。
訳のわからない冗談も言わないし、奈々子の常識と邦明の常識はほとんど一緒だ。


結婚するなら、こんな男性がいい。
穏やかで、優しくて、話し上手で、自分といろんな価値観が合う男性。
理想的だ。
珠美が勧めるのもよくわかる。


でもドキドキしない。


奈々子は結城に会いたかった。


「楽しい?」
邦明が訊ねる。

「うん」
奈々子は作り笑いを浮かべる。


十時半をすぎるころ、レストランを出た。
二人で再び駅の方へ歩いて行く。


「奈々子さん、何線つかってる?」

「JR」

「じゃあ、一緒だ」
邦明が微笑む。


ロマンチックなライトアップの中を歩きながら、邦明が突然立ち止まった。


「?」
奈々子もつられて立ち止まる。


邦明が身をかがめて、唇を重ねた。



あっという間だった。


抵抗も、何もできない。


一瞬のことだった。



邦明は照れたように笑って、それから再び歩き出す。
奈々子もふらふらと歩き出した。


足下がおぼつかない。
唇に感触が残ってる。


邦明が何をしゃべっているのか頭に入ってこなかった。
ただ曖昧にうなずいて、そして笑い返していただけ。


「じゃあ、ここで」
邦明が大崎で降りる。

「また連絡するね」
そう言うと手を振った。

奈々子も手を振りかえす。


電車の扉がしまり、奈々子は座席に腰を下ろした。
電車の窓が奈々子の顔を映す。


なんて酷い顔。


奈々子は自分の唇を触った。


キスされた。
初めてのキスを。


奈々子は呆然として、席から立つことができない。


いつのまにか電車はぐるりと一周して品川へ帰って来ていた。


目黒まであとみっつ。


奈々子は目黒駅のホームへ降りた。
駅のショッピングモールはすでに閉まっている。
大半の乗客は私鉄に乗り換えていく。
最終電車はもうすぐだ。

< 121 / 228 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop