ヒカリ
奈々子は改札を出て歩き出した。
先日使ったタクシーロータリーの横をすぎ、大通りを歩いて行く。
たくさんの車が通り過ぎる。
ヘッドライトの光が横を通過していく。
奈々子は自動販売機でフレーバー付きのミネラルウォーターを買った。
ガタンという音とともに、冷えたペットボトルがおちてくる。
奈々子は手に取り、キャップをひねった。
ペットボトルに口を付ける。
奈々子は指で唇をこする。
感触が忘れられない。
目黒川にかかる橋を渡った。
キスをしてもいいか、と訊ねられたのはどのあたりだったか。
あのとき、キスしておけばよかった。
結城が最初ならよかった。
見知らぬマンションエントランスの階段に腰掛けた。
目をつむり、なんとか冷静になろうとする。
「しっかりして、もうわたしは大人なんだから」
ペットボトルを唇につけ、祈るように口にした。
鞄から携帯を取り出す。
開いてすぐ、邦明からのメールの着信に気づく。
奈々子は中身を見ることなく削除した。
結城の連絡先を開く。
彼に連絡してどうするのか?
意味がわからない。
でも奈々子は無意識に結城の番号に電話をかけていた。
呼び出し音が三回。
結城が出た。
「もしもし?」
奈々子は黙ったままだ。
だいたい、何を話せばいい?
「もしもし? 奈々子さん?」
これは取り返しのつかない電話だ。
目の前を救急車がサイレンを鳴らして通り過ぎる。
奈々子は我に返った。
「ごめんなさい。失礼します」
奈々子は急いで電話を切る。
膝を抱えて大きく溜息をついた。
「何やってるんだ、わたし」
自己嫌悪しかない。
こうやってうじうじしてるのも、結城に電話をかけてしまうところも。
本当に馬鹿みたい。
奈々子はやっと立ち上がり、駅の方に戻り始めた。
すると後ろから
「どうしたの?」
と声がかかった。