ヒカリ


東京の夏はむしむししている。
人も多い。
お盆休みの真ん中なので、新幹線の指定席も取れたけれど、始まりの日なら無理だったはずだ。


新幹線が静かにホームに入ってくる。
新しい車体だ。
二階建ての上の席に、二人並んで座った。


「須賀さん、眼鏡かなんか持ってます?」

「持ってるよ。なんで?」

「地元についたら、眼鏡をかけてもらえますか?」

「どうして?」

「目立つから」

「いつものことだろう?」

「須賀さんは田舎のすごさを知らないんです。須賀さんが駅に降り立った一時間後には、町の人ほぼ全員が須賀さんの存在を知ってますよ」

「おおげさな」

「ほんとの話しです」

「いいよ、かける。でもサングラスだけど」
結城は鞄からサングラスを取り出し、かけてみせる。


余計目立つ。


「かけなくていいです」
奈々子はあきらめた。


新幹線が動き出す。
都会のビル群が静かに後ろに飛び去って行った。


「ねえ」

「はい?」

「まだ敬語?」

「……はい」

「怒ってるの?」

「怒ってませんよ。ただ混乱してます」

「なんで?」

「なんでって……。どうして急に実家に行くだなんて。旅行ならお友達と計画して、どこかにいけばいいのに。わざわざ私の実家だなんて」

「ごはんおいしいんでしょ」

「まあ、おいしいです」

「ほら」

「?」

「行く価値があるじゃん」
結城が言った。


あまりにも話しが通じない。
わざと話をはぐらかしてるのか、本当に天然でわかってないのか。



結城はスマホを取り出して、いじりはじめた。
奈々子はあきらめて窓の外を見る。

すると「みてみて」結城が奈々子の腕をたたいた。


「なんです?」
見ると、上野駅で二人で歩いている写真が、ブログにアップされていた。

「いつのまに」
奈々子はあぜんとした。

「気づかないんだよね、意外と」
結城は言う。

「削除依頼したい」
奈々子が眉をひそめる。

「どうやって?」

「わかりませんけど」

「この間の夜のこと、写真にとられなくてよかったね」
さりげなく結城はそういうと、奈々子は顔から火が出そうになる。


この突然の実家訪問に気をとられて、あの夜から初めて会うのだということに、やっと思い至った。


「あの日は、すみませんでした」

「なんで謝るの?」

「私の事情に、須賀さんを巻き込んじゃいました」

「楽しかったよ」

「はあ」

「ねえ、敬語やめようよ。あんなこともしたしさ」

「あんなことって言うと、なんかいかがわしい気が……」

「じゃあ、キスって言う?」結城が少し大きな声を出す。

「ああ、ちょっと、声が大きい」


結城がにやにやとしている。


「またからかってます?」

「うん」

「須賀さんって、すごくいじわるなんですね」

「優しいよ」

「嘘ばっか」

「寝てみればわかる」

「もう、やめてください」
奈々子は顔を真っ赤にして抗議した。

「はい」
結城はそう言うと、素早く奈々子の頬にキスをする。


奈々子は頬に手をあてて、非難の目を結城に向ける。


「誰もみてないよ」

「公共の場では控えるんです。っていうか、からかわないで」

「からかってないよ。したかっただけ。したいでしょ?」

「別に」

「ふうん」


結城は奈々子に身体を向けると、奈々子のあごを引き寄せる。
そのまま唇を重ねた。


あの夜のことがよみがえる。


奈々子は思わず結城の頬に手を添えた。
そのまましばらく電車の揺れに任せて、互いの唇を確かめ合った。


「嘘つき」

結城は顔を離すと、そう言って舌をだした。


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