ヒカリ


引き戸を開けると「ただいま」と声をかけた。


台所から「おかえりー」と母親の声がした。
エプロンで手を拭きながら、玄関に出てくる。


そして結城を一目見て、固まった。


「こんにちわ。お邪魔します」
結城が頭をさげる。

「あ、はい。こんにちわ」
母親がなんとか挨拶を返した。


奈々子は玄関をあがりながら
「お父さんは?」
と訊ねる。

「今、野岡の家まで行ってる。すぐ帰ってくるよ。あの、どうぞ。せまいですが」
母親が結城にそう言った。

「失礼します」
そう言うと、結城は玄関をあがった。


そのままリビングに通される。
リビングと言っても、畳敷きの十畳ほどの部屋だ。
大きな液晶テレビと、大きな座卓がおいてある。

母親は座布団を差し出すと、結城はそこに正座をした。


「奈々子、ちょっと」
母親が奈々子を台所にひっぱっていく。

台所の板張りが足の裏に冷たくて気持ちいい。
コンロには煮物がかかっている。
家に帰って来たのだと実感する瞬間だ。

けれどそれも今回は味わっている余裕がない。


「奈々子、あの人芸能人?」
母親が真剣なまなざしで聞いてくる。

「ちがう。製薬会社の営業さん」

「うそでしょ」

「本当」

「なんで、あんたと帰って来たの?」

「知らないよ。暇だから旅行でもしたかったんじゃない」
奈々子は投げやりな気持ちでそう言った。

「友達?」

「うん」

「結婚するの?」

「しないわよ!」
奈々子はあわてて首を振る。

「しないの? 私の息子にはならないの?」

「ならない」

「ええ!!!??? それは残念だわ」
母親があからさまにがっかりした。

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