ヒカリ
Tシャツとジーンズに着替えた聡が、階段を下りてくる。
「明日帰るの?」
再び座りながら聡がたずねる。
「うん」
「ほっとした。悪いけど、うちの好美にあう前に、帰ってもらわないと。婚約破棄されちゃう」
母親が冷えた麦茶をもって現れた。
結城の前に置く。
置いたことのない、コースターを下にひいて。
「まだお名前をうかがってなかったわ」
「ああ、ごめん。須賀結城さん」
「はじめまして」
「足、崩してくださいな。家にいるみたいに、くつろいでもらって」
母親が言うと
「失礼します」
と言ってあぐらをかいた。
西日が部屋にはいり始めている。
こもった暑さは徐々に和らぐ。
風鈴がちりんとなった。
「どうして奈々子とこんな田舎までいらっしゃったの?」
「奈々子さんがご実家とご家族のことをうれしそうに話しているのを聞いていたら、ぜひ伺いたくなったんです。週の後半には出社予定がありますし、旅行の予定も立てられなかったので、一緒に帰ってもいいよと言ってくださったときには、本当にうれしかったです」
結城はにこっと笑った。
母親がほうっと溜息をつく。
聡は完璧な答えに口をあんぐりあけていた。
「失礼ですけど、芸能界か何かにいらっしゃった?」
「だよね」
聡が麦茶を飲みながら、同意した。
「一時期モデルのバイトをしていましたが、今は営業マンです」
「はあ。もったいない」
母親がそう言うと、結城は笑みを浮かべた。
そこでガラガラと引き戸の音がして、父親が帰宅した。
母親が席を立ち、玄関に向かう。
結城は座布団からおりて、正座をした。
「奈々子おかえり」
父親はそういって部屋にはいってくると、結城を見て目を見開いた。
「こんにちわ。お邪魔しています」
結城はそう言うと頭をさげた。
「……こんにちわ。遠いところへわざわざどうも」
父親は座布団の上にあぐらをかき、結城に「楽にしてください」と声をかける。
結城は「ありがとうございます」と言って、座布団に再びあぐらをかいた。
言いようのない緊張感が漂う。
父親が品定めをするように結城を眺めている。
結城はそれに動じることなく座っていた。
「奈々子とはどういう?」
父親が訊ねる。
「友達よ」
奈々子が口をはさんだ。
「ただの友達。本当に誤解しないでほしいんだけど、ただの友達なの」
「そうなんですか?」
父親が結城に訊ねると、結城は笑みを浮かべて
「そうみたいですね」
と答えた。
それから「こちら、どうぞ」と持って来た手土産を父親に渡した。
「ありがとうございます」
父親は礼を言って、その箱を手に取った。