ヒカリ


奈々子は目をあけた。


暑くて寝苦しい。


枕元に置いてあった携帯を引き寄せて時刻をみると、ちょうど三時だった。


奈々子は布団を出て、窓をあける。
部屋の中に冷たい空気が入ってくる。


窓を開けたまま寝るのは寒いかな。


奈々子はしばらく空気交換することにした。


ぼんやりと真っ暗な山々を眺めた。
東京には必ず明かりがあるけれど、このあたりには、本当の夜がくる。


ふと襖の向こうを想像した。
結城が寝ている。
なんだか実感がわかない。
すべてが不似合いで、合点のいかないことばかりだ。


すると襖をノックする音がした。


びっくりして振り返る。


襖が静かに開いて、結城が顔をのぞかせた。


「すみません。起こしちゃいました?」
奈々子はとたんに胸の動悸が激しくなる。

必死に冷静を装った。

「入ってもいい?」

「どうぞ」
奈々子は一瞬躊躇したがそう言った。


結城が部屋に入って来て、窓際の奈々子の側に座った。


月明かりだけが部屋を照らしている。


「冷たい風がそちらの部屋に流れてますか? 今、閉めますね」
奈々子がそう言うと
「いいよ。気持ちいい」
と言って結城は奈々子を止めた。


結城は部屋を見回す。

小学校の頃から使っていた学習机。
昔読んでいた本が詰まった本棚。
壁掛けの時計には、ディズニーのキャラクターがついている。


奈々子は全部を見られていることが気恥ずかしく、結城から目をそらした。


「俺の部屋に似てる」
結城がつぶやく。

「そうですか?」

「母親と暮らしてた、団地の和室。2DK。学習机を置くスペースはなくて、折りたたみのテーブルを出して勉強してたな」

「お母様は今も団地に住んでらっしゃるんですか?」

「いや、もう、あそこからは引っ越した」
結城はそう言うと、窓枠に腕をのせた。


奈々子の身体はだんだんと冷えて来た。
自分の腕で身体を包み込む。


「寒い?」
結城が訊ねた。

「ちょっと」
奈々子が言うと、結城は何も言わず奈々子の身体に背中から腕をまわす。

奈々子の首もとに唇をつけ

「本当だ、冷たくなってる」

と言った。


奈々子は再び複雑でむなしい気持ちに包まれる。

こんな風に抱かれると胸が高鳴るが、結城にとってはなんでもないことなのだろう。
奈々子が今どんな気持ちになっているのかなど、見当もつかないのではないか。


「須賀さん」

「何?」

「どうして、わたしに触れるんですか?」

「そうしたいから。それじゃ駄目かな」

「どこかで線を引きたいんです。あんな風にしてもらった後で、何を言ってるんだと思われるかもしれないんですが、これじゃあ身体も気持ちももちません。どうやって須賀さんに接したらいいのか、わからないんです。私には一応、まだ付き合ってる人がいて……」

「キスされたくない彼なのに?」

「……」

「キスされたくない彼に、いつか抱かれるの?」


奈々子はうなだれる。


「それは奈々子さんの自由だから、僕にどうにかできることじゃないけど」

結城が奈々子のつむじに唇をつける

「触れるときはいつも気持ちを込めてる。でも奈々子さんの嫌がることはしないし、望まないならもう触れない」

「わからないです」
奈々子はつぶやいた。

「僕がいつだって奈々子さんに触れたいって思ってるのは確かだ」
結城は後ろから奈々子の頬にキスをする。


奈々子は振り返り結城を見上げた。


身の丈に合わない彼。
わたしは彼のことが好きなのだろうか。

「わからないです」
奈々子が再びつぶやくと、結城はその言葉を塞ぐように、唇を重ねた。

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