ヒカリ
十六
拓海は自販機でコーラを買うと、ゆきのアパートの見えるガードレールに腰掛けて、しばらく待った。
今日二人で部屋を整理した。
女の子の持ち物は、男性には理解できない。
束になった化粧品サンプルは捨ててしまえばいいものを、ゆきは絶対に首を縦に振らなかった。
汗だくで片付けをしたので、ゆきはシャワーを浴びたいと言った。
拓海は外で待つことにしたのだ。
夕焼けの空は美しい。
コーラを一口飲んで、空を見上げた。
お盆は、人の魂が帰ってくる時期。
あの人の魂も、帰って来てるだろうか。
それとも……もう他の誰かになっているのだろうか。
夜は徐々に訪れる。
あんなに泣いていた蝉も、ぱたっと泣き止んだ。
ゆきをこのままアパートに帰らせていいのだろうか。
やっぱりなんとか説得をして、実家に帰らせるのがいいような気がする。
ふと視線を感じて目をあげた。
男が一人、ゆきのアパートに続く道から、こちらを見ている。
長身でスポーツマンタイプ。
手に携帯を持って、射るような視線を投げかけていた。
拓海の心に不安がふくらんでくる。
もしかして……。
拓海がガードレールから立ち上がると、その男は背を向けて、早足で遠ざかっていく。
拓海は後を追おうとして思いとどまった。
ゆきの部屋にいき、ドアベルを押す。
「はい?」
ゆきが濡れた髪のまま、玄関を開けた。
「支度ができたら、すぐにここを出よう」
「どうしたんですか?」
「今、男がいたんだ。俺をじっと見てた」
ゆきの顔が不安で曇る。
「わかりました。急いで支度します。拓海先生、中に入っていただいて、もう大丈夫ですから」
ゆきはそう言うと、拓海を部屋に入れた。
二人は駅まで早足で歩いた。
いつもは楽天的なゆきも、心配そうにしている。
「ゆき先生、やっぱり実家に帰ったほうがいい」
駅前で拓海はそう言った。
平日は帰宅するサラリーマンであふれる駅も、今日は割りと静かだ。
夜風が優しくふいている。
「でも……」
「理由を話したら、帰ってこいって言うはずだよ」
「理由を知ったら、もう実家から出させてもらえません」
ブルーのワンピースを着たゆきがうつむいた。
拓海は携帯を取り出し、時間を見る。
夜の九時。
「今日は俺のうちにおいで。同居人はいない。明日、実家に送って行く」
ゆきがうなだれる。
「この話をしなければいい。少しの間だけ親に甘えなよ。甘えられる親がいるんだから、そうした方がいい」
ゆきはためらいながらも、こくんと頷いた。