ヒカリ


奈々子は居心地が悪かった。


「ちょっと失礼します」
と言って、トイレに立つ。


できれば帰りたかった。


女子トイレの鏡で、自分の姿を見る。
シャツにデニム。
あまりにも普通な自分。


誰かをうらやんでも仕方のないことだとわかっている。
それでもやはり、惨めな気持ちに襲われた。


すると扉から紗英が入って来た。
奈々子の隣に並ぶ。
ハンドバッグからファンデーションを取り出し、化粧直しを始めた。

ちらりと奈々子を見る。にこっと笑った。


なんて魅力的なんだろう。


「ねえ、もしかして、結城とおつきあいしてる?」

奈々子は
「そんな馬鹿な」
というように首を振った。

「友達です」

「じゃあ、今日、結城のことベッドに誘っても、怒ったりしないよね」
紗英は手で髪を整える。

「はあ」

「よかった」
紗英はかわいい笑顔を見せる。

「結城と会うの、すごい久しぶりなの。会うとやっぱり、彼、最高って思っちゃう」

「はあ」

「みんなで食事中だったのに、乱入して本当にごめんね。結城だけちょっと連れていかせて。社長も彼のことあきらめてないみたいなの。本当に見つけられてほっとした。彼、気まぐれだから、返事くれないってなると、とことんくれないんだよね。でも会うとすっごく甘いの。そのギャップもたまらないんだ」

紗英は溜息をひとつつく。


「夢を見せてくれるのよね」


「はあ」

「じゃ、先いってるね」
紗英は口紅を引き直し、席へと戻って行った。


女子トイレの扉が閉まる。
奈々子は一人取り残された。


「彼女の腰が、私の胸の下あたりだった」
奈々子は呆然とする。
同じ日本人でこんなにも体型差があるなんて、神様はなんて意地悪なんだ。


奈々子はもやもやする気持ちを抑えて、席に戻る。


いつのまにか結城の横には紗英が座っていた。
奈々子は拓海の隣に座る。


相変わらず結城は紗英と席を立つことを渋っているようだった。


「お願いだって」
紗英は結城の腕に手を置いている。


そのさりげなさ。
奈々子には絶対にまねできないことだ。


結城はビールを飲みながら、無視を決め込むように紗英と視線を合わせない。
紗英は困り果てているようで、助けを求めるような目をしてこちらを見た。


「ちょっとだけ、顔をだしてみたらどうです? そうしたら紗英さんだって、社長さんだって、納得されるんだし」
奈々子は言う。


結城がちらっと奈々子を見た。
その視線にはなんの感情も見て取れない。
拓海が横から見ているのも気配でわかった。


「ほら、この人も言ってくれてるし。ちょっとだけ、ね」
紗英が手を合わせた。

「わかった」
結城はそう言うと、ビールを置いて席を立つ。

「拓海、立て替えといて」

「うん」
拓海はうなずいた。

「じゃあ、ごめんね。ありがとう、ほんと」
紗英は奈々子の顔をみると、感謝の気持ちを表した。


二人が席を立つと、本当に雑誌から抜け出ててきたような感じだ。


彼女は結城の隣を歩くことに、気後れしたことなんてないんだろうな。


結城は奈々子の方を見ずに、そのまま紗英と腕を組んでお店を出て行った。

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