ヒカリ
「まだ時間があれば、もうちょっと飲みます?」
拓海が笑顔で訊ねる。
「……そうですね」
奈々子は無理矢理笑顔を作り、拓海の横から正面へと席をかえた。
「びっくりしたでしょう? 紗英さん。あの子、いつもかなりマイペースなんだ」
「でも許してあげたくなっちゃうような、そんな可愛い人ですね」
「まあ、そうですね。自分でもよくわかってる」
拓海は笑った。
「結城の周りには、あんな感じの子ばっかりですよ。ある程度我が強くないと、結城の隣に行こうなんて思わないんでしょうね」
「わかります」
奈々子はうなずいた。
「ベッドに誘ってもいい?」
と言った紗英を思い出す。
なるべく考えないように、目の前の拓海に意識を集中しようとした。
「奈々子さんは、違う」
拓海は奈々子の顔をのぞくように言った。
「結城に振り回されてる?」
「はあ」
「だよね。奈々子さんから結城に声をかけるようなこと、ない気がしますもんね」
「……ですね」
「どういうつもりなんだろう」
拓海はカシスソーダを一口のんで、それから首をかしげた。
「彼がいるんですよね」
「たぶん」
「たぶんって?」
拓海が微笑む。
本当になんて可愛い仕草の人だろう。
可愛いというより、愛くるしいという表現があたってるかも。
本当に結城と同じ歳なんだろうか。
「迷惑なら迷惑だ、もう声をかけるなって、強く言ってください。あいつ、自分のペースにわっと巻き込んじゃうタイプだから。別に意図的にしてるわけじゃないと思うんですけどね」
「意図的じゃないんですか?」
「……そんなにあいつ、器用でもないと思うけど」
拓海が小エビの唐揚げを口にいれる。
それから奈々子の方を見て
「奈々子さんって、肌がきれいなんですね」
と思いついたように言った。
「そうでもないんですけど……ありがとうございます」
奈々子はそう言って微笑む。
「ほら」
拓海が言った。
「? 何がです?」
「僕、今奈々子さんのことほめたんですよ。でも奈々子さんは顔色一つかえず、さらっと返した。これが結城だったら?」
結城が奈々子に同じことを言ったら……。
そう考えて、奈々子は少しどぎまぎする。
「結城が言ったら、すごく意味ありげでしょ? あいつは普通に話して、普通に動いてるだけなんだけど、なぜか思わせぶりになる。だから意図的に動いてるわけじゃあないって思うんですよ。顔が普通じゃないってだけ」
「うちの弟が、須賀さんは男なのに美人すぎてどきどきするって言ってました」
「男でもね、ちょっとびっくりするぐらいの顔なんですよ。でも慣れる。僕は産まれてからずっと一緒だから、きれいな顔だなあなんて、見入ったりしませんしね」
拓海は笑った。
「なんでモデルやめちゃったんでしょうね」
奈々子は言った。
「……さあ」
拓海はあいまいに笑う。
なんだか聞いてはいけないことのような雰囲気だった。
「奈々子さんは、結城に惹かれてる?」
拓海にそう聞かれて、奈々子のグラスを持つ手がとまる。
「……わかりません」
奈々子は言った。
「もし引き返せるなら、引き返した方がいいと思うよ」
拓海は言った。
「彼がいるなら、彼のところに帰ったほうがいい」
「どうしてですか?」
奈々子は思い切って訊ねた。
「どんなに気があるような素振りを見せても、どんなに優しくしても、それが本気だとは限らないんだ。あんな風に女の子と並んで歩いて、魅力的でいることが、あいつの処世術なんです。無意識にやってる。だから、気をつけて」
奈々子は下を向いた。
「傷つけたくないんだ。あいつのせいで泣く女の子を見たくない。特に奈々子さんみたいなタイプは、ダメージが大きいから。僕にはあいつを止めることができないから、奈々子さんが自分で気をつけてほしいんだ」
「本当は何を考えているんでしょうか」
奈々子はつぶやく。
「僕にはわからない。これまでで、あいつの本音を聞いたと思ったのは、たった一度だけだよ」
拓海はそう言うとグラスに口をつけた。
拓海が自嘲的に笑う。
奈々子はなぜ拓海がそんな表情をするのか理解できなかった。