ヒカリ
午前二時ごろ、結城が帰って来た。
トートバッグをソファに放り投げ、それから冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一本を一気に飲み干した。
拓海はその音に気づいて、自分の部屋の扉を開く。
「お帰り。意外と早かったね」
「ああ」
結城は空のペットボトルをシンクの中に投げ入れると、ジャケットとシャツを脱ぎ捨てた。
結城は無言でシャワー室に入って行く。
機嫌が悪い。
激しい水音がしばらく続いて、タオルを巻いた結城が出て来た。
濡れた髪をかきあげる。
テレビ前のラグの上に座り、足を投げ出す。
背もたれ代わりにしたソファーに頭をのせて、目をつぶった。
「そんな格好じゃ風邪ひくぞ」
「ん」
結城は短くそう答えたが、動く気配はない。
拓海も冷蔵庫から水を取り出す。
フタをひねって開け、半分ほど飲み干した。
部屋の空気はこもっている。
2LDKの部屋は意外とせまい。
拓海はベランダの窓を開けて、空気を入れ替えた。
「あの子に手出すの、やめなよ」
拓海は入ってくる都会の風を受けながら、そう言った。
「……どうして?」
結城は動かずそう答える。
「もうずいぶん参ってるように見えた」
「そう?」
「かわいそうだよ。反応が面白いのかもしれないけど、彼氏がいるならそっとしておいてあげたほうがいい」
「彼女は彼氏のこと、好きじゃないんだよ」
「そうかもしれないけど……お前には関係ないだろう?」
「……」
「今日だって、紗英と腕を組んで出て行ったじゃないか。あんなことがあるたびに、あの子は落ち込むんだ」
「だって、彼女が行けっていった」
「そりゃお前は黙ってるし、紗英って子はしつこい。うんざりだったんじゃないか」
「俺がうんざり」
「なんだよ。どうせ紗英さんとキスだの、セックスだの、してきたんだろう? そういう気軽さがあの子に通じるとでも思ってんの?」
「やってないよ。紗英とはやってないって言ったじゃないか」
「信用できるか。これまでだって、どれだけの子と遊んで来たんだよ」
「もうやめたんだよ、そんなこと」
「俺、あの子に、彼氏のところに帰ったらって言ったよ。お前の考えてることはわからない。信用するなって」
「なんでそんなこと言ったんだよ」
結城が目を開け、拓海を睨みつけた。
拓海はびっくりした。
いつも軽口をたたいている結城の声色とは、まったく違っていた。
「……お前、本気なの?」
すると結城は立ち上がり、拓海を無視するように背を向けて、自分の部屋にはいって行く。
拓海は思わずその背中を追った。
「ついてくんな」
結城が部屋にはいり、クローゼットから着替えを取り出す。
「着替えるんだから、見るなよ」
そう言いながら、Tシャツを頭からかぶる。
六畳のフローリングの部屋だ。
正面に小さな窓がついている。
左手のセミダブルのベッドにはブルーのシーツ。
ベッドの向かいには備え付けのクローゼット。
それだけのシンプルな部屋。
蛍光灯の明かりがまたたいた。
「本気なのか?」
拓海は入り口のところにもたれて、再度訊ねる。
「どういう気持ちが本気っていうのか、わからねー」
結城はそう言うとベッドに転がる。
「電気消して。俺もう寝る。この二日間気を使いすぎて、ぐったりだ」
「なあ」
拓海が声をかけたが、結城からもう返事はない。
拓海はあきらめて、部屋の電気を切る。
そして静かに扉をしめた。