ヒカリ
十七
月曜日、仕事がはじまる。
落ち着かなくて、不安で、苦しい、お盆休みだった。
結城から連絡はない。
邦明からの連絡もぴたっと止まった。
気づいたのかもしれない。
「ちゃんとしなくちゃ」
奈々子は診療所の鍵を開けながらそうつぶやいた。
一番乗りだ。
締め切った空気の匂いがする。
今日は曇り。
太陽がない分、少し過ごしやすい。
もっと風があればいいのに、奈々子はそう思った。
診療所中の電気をつけ、冷房を入れた。
白衣を羽織って、受付のコンピュータの電源を入れる。
休み明けは患者さんが多い。
長期の休みがあけた日なので、きっととても忙しいだろう。
それもいい。
何も考えなくてすむから。
考えたくないのに、結城と紗英がベッドに入っている映像が浮かんでくる。
奈々子にしたように、
キスをして、
髪に指を絡ませ、
甘い吐息をはいているところを。
「おはよう」
珠美がやってきた。
膝丈のフレアスカートに、レギンス。
とても可愛いファッションだ。
「おはよう」
奈々子は珠美がうらやましい。
こんなにかわいくて、大好きな彼氏もいて。
素直で、明るくて、まっすぐで。
「この間はありがとうね」
珠美が言う。
「今日、ランチごちそうするから」
「ええ? いいよ。そんなの。こういうのは助け合いだからさ。私のときもよろしくね」
「オッケー」
珠美は白衣を着る。
「何してた?」
「お休み? 実家に帰って、あとはごろごろ」
奈々子は答える。
「ふうん」
珠美が含みを持たせた言い方をする。
「何?」
「わたし、チェックしてんだよね。ブログ」
「?」
「須賀さんとでかけたでしょ」
「!」
奈々子はブログにのせられた写真を思い出した。
しまった。
「見た感じ、泊まりがけっぽかったけど。まさか、だよね」
奈々子はなんと答えていいのかわからず黙る。
そこへ八田さんが入って来た。
「おはよう。久しぶり」
ぴちぴちのグリーンのTシャツにジーンズという出で立ち。
少し日焼けしたようだ。
「二人とも、お盆休みどっか行った?」
「わたしはどこも。奈々子はどっか、行ったみたいですけど」
珠美がちらっと奈々子をみる。
「どこ?」
八田さんが訊ねる。
「やだ、実家ですよ。かえったんです」
「そう。ご両親お元気にしてらした?」
「はい。あ、そうだお土産持って来たんで、休憩室に置いておきますね」
「わあ、ありがとう」
「八田さんはどこかに行かれたんですか? 日焼けしてる」
珠美が訊ねた。
「どこにも行ってないのよ。でも長男のサッカーの試合があって、それに行ったらすごく焼けちゃった」
「へえ、息子さん、サッカー少年なんだ」
「下手の横好きでね。負けちゃったんだけど」
八田さん「ははは」と笑った。
「おはようございます」
鈴木さんが入って来た。
「おはようございます」
みんなも返す。
「鈴木さん、お休みどうでした?」
「楽しかったよ。一泊二日で白樺湖にも行ったし。お土産あるよ」
「わあい」
珠美が手をたたく。
「さあ、今日も一日がんばりましょ」
八田さんがそう行って、八田さんと鈴木さんは休憩室に入って行った。
受付のスペースに、珠美と二人取り残される。
「報告、だよ」
珠美が横目でにらむ。
「はい」
奈々子は身を縮めてうなずいた。