ヒカリ
金曜日の夕方。
子供達が帰ると、とたんに静かになる。
拓海はグラウンドに出て、遊具を軽く掃除し、砂場にシートをかぶせた。
子供達の朝顔のほとんどは、種が茶色く実っている。
来週には来年の子供達のために、種を収穫した方がいいかもしれない。
雲が流れている。
暖かな風がふく。
オレンジ色の空。
何度見ても美しい、繰り返される自然の景色。
クラスに戻り、帰り支度をし始めた。
ゆきもすでに着替えをすませ、カゴのバッグを肩にかけている。
「お先に失礼します」
ゆきが頭を下げる。
拓海は「待って」と声をかけた。
膝丈のグリーンのワンピースを着たゆきが振り向く。
「これ」
拓海は鞄から、封筒を取り出し、手渡した。
「お金」
「あ、ありがとうございます」
ゆきが頭を下げた。
「本当に……俺が一緒じゃなくて大丈夫?」
「……はい」
ゆきがうなずいた。
「家まで送ろうか」
ゆきは首を振る。
拓海はそれ以上言わなかった。
ゆきがクラスを出て行く。
彼女とほとんど会話をしなかった一週間だった。
こんな毎日が続くのだろうか。
拓海はため息をつく。
正直しんどかった。
あのとき、ゆきを抱いていたら、どうなっていただろう。
拓海は少し考える。
おそらく後悔し、やはりしんどい一週間だったに違いないのだ。
クラスを最後に点検する。
ベランダの窓を締め、鍵をかけた。
拓海はかばんをしょって、廊下に出る。
幼稚園のエントランス前で、帰り際に立ち話をする先生たちに会った。
「おつかれさまです」
拓海は頭を下げる。
「おつかれさま」
みんなは笑顔で手を振った。
「拓海くん、見た?」
幹子が言った。
「何をです?」
拓海は立ち止まり、首をかしげた。
「今エントランス来てたのに」
さちが言った。
「ゆき先生の彼氏」
「え?」
拓海は思わず大きな声をあげた。
「ゆき先生ってさ、てっきり拓海先生のことが好きなんだと思ってたけど、彼氏がいたんだね」
幹子先生は豊かなバストの下に腕を組み、笑う。
「そうそう」
さちがうなずく。
「いつも拓海先生のこと見てるからさあ」
「彼氏ってどんな人です?」
拓海は不安で揺れ始める。
動悸が高まる。
「けっこうなイケメンだよね。スポーツマンっぽくてさ」
「ゆき先生、面食いだね」
幹子が言った。
「彼氏なにしにきたの?」
「幼稚園に迎えに来てって言われてたから来たって。もう帰りましたって答えたよ」
「ゆき先生って、今友達の家にいるんでしょ?」
「でも今日、自分の家に一度戻るって言ってたよ」
さちが言った。
「彼氏にもそう言った」
「帰るって?」
拓海は声を荒げた。
さちと幹子は、その声にびっくりしたように目を開く。
「何よ、拓海先生。びっくりするじゃない」
「元カレです、それ。つきまとわれてるんですよ」
拓海は言うやいなや、下駄箱からスニーカーを引っ張りだし、急いで履いた。
「そ、そうなの?」
さちの顔が青ざめる。
「すごいかっこよかったから、なんの疑いもなく……」
拓海は駆け出した。