ヒカリ
十九
「ええ?!」
待ち合わせの場所で、奈々子は大きな声を出した。
珠美と腕を組んだのは、吉田製薬の林さんだった。
人のよさそうな顔で照れくさそうに笑っている。
「冗談?」
「マジ」
珠美も照れたように笑う。
そして奈々子の耳にこっそりと
「吉田製薬の人、みんな手が早い」
と言った。
奈々子は苦笑した。
邦明は仕事の関係で遅くなるという。
奈々子はまだこの場に邦明がいないことに、ほっとした。
どんな顔をして会えばいいのか。
連絡を取らなかったことを、どう謝ればいいのか。
三人は並んで歩き出した。
夜の恵比寿。
吉田製薬はここから徒歩十分程度の場所に本社がある。
「こんなところまで出てもらっちゃって、すいません」
林さんが頭をさげる。
「いえいえ、ぜんぜん」
奈々子は首を振る。
「それより、びっくりしました。いつの間に?」
「いや、おはずかしい」
林さんが恐縮すると、珠美が
「後でたっぷり話してあげる」
と言った。
週半ばの夜。
人々は駅に向かい歩いて行く。
お盆をすぎると、なぜか秋の気配がしてくる。
気温は相変わらず高いし、むしむししているけれども、風の中に季節が変わった匂いがする。
奈々子は夜空を見上げる。
雲が出ている。
突然の雨にならなければいいけど、と思ってから、奈々子は結城と初めてちゃんと話した日のことを思い出した。
雨と、
雷と、
あの人の香り。
代官山方面に昇る坂の途中のお店に入った。
珠美が「あ、電話」と言って、携帯を鞄から取り出す。
「もしもし。うん、どこ? そうそう。今私たちもついたところ。待ってるね」
「邦明さん?」
「うん。もう駅についたって。すぐ来るよ」
奈々子は緊張で首がこわばる。
そんな様子をみて珠美が
「大丈夫。奈々子は経験がなくて、びっくりして、こわかったから連絡を返せなかったって言ってある。邦明は優しいから、怒ったりしないよ」
と言った。
奈々子は感謝の意を込めて、うなずいた。
お店はおしゃれな居酒屋という感じで、四人がけのテーブルがいくつか並んでいた。
入り口付近のテーブルに座る。
「まずビールで」と、三人はオーダーした。
並んで座った珠美と林さんは、お互い密着して座っている。
「ねえ、何歳離れてるの?」
奈々子は聞いた。
「八歳」
珠美が言う。
「結構離れてるね」
「たいしたことないよ」
珠美は運ばれて来たビールに口を付けてから答えた。