ヒカリ
結城が書類を届けにくる。
奈々子は自分にいいきかせた。
「なんてことはない。結城の視線の中には、もう自分はいないのだから」
珠美がそわそわし始める。
そんな珠美をみると奈々子も動揺してきた。
ガラス扉があいて、結城がA4サイズの封筒を持って入って来た。
薄いブルーのシャツにベージュのスラックス。
結城は店内を見回し、林さんに視線をあわせる。
それから奈々子の顔をみて、驚いた顔をした。
「悪いな、須賀」
林さんが手をあげた。
「いえ、もう帰られたのに、すみません」
結城はテーブルに近づきながらそう言った。
珠美が
「ねえ、仕事の話なら、外でしてくれる?」
と林さんに小声で話す。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと席はずすね」
林さんは結城をつれて、店の外に出て行く。
ガラス扉越しに、二人が書類をやり取りしているのが見えた。
「いや、びっくりした。きれいな顔だねえ」
邦明が能天気にそう言った。
珠美は答えずに、心配そうに店の外をうかがっている。
「どうしたの?」
邦明が訊ねた。
「ううん。なんでもない」
珠美が首を振る。
奈々子は、気にしないようにしようと思っても、自然と外にいる結城を見てしまう。
話しが終わったようで、林さんは書類を結城に返した。
ガラス扉があいて、林さんが入ってくる。
結城はそのまま会社へと戻って行く。
そして最後に振り返った。
奈々子と目が合う。
なんだろう、あの表情。
あんな……。
傷ついたみたいな顔をして。
結城は背を向けて、道路に出て行った。
珠美が緊張をといて溜息をついた。
林さんはいぶかしげに珠美の様子をうかがっている。
邦明も、おかしな雰囲気に、少し気づいたようだ。
心配そうに珠美と奈々子を見ていた。
「どうした?」
林さんが言う。
「なんでもない。飲も飲も」
珠美が声をあげる。
そこに奈々子の携帯にメールの着信が響いた。
珠美が「やばい」という顔をする。
奈々子は携帯を取り出した。
「奈々子、携帯は後で」
珠美がきつく言った。
でも奈々子は気になってしかたない。
「確認するだけだから」
そう言うとメールを開いた。
「今、でておいで」
奈々子は息をのむ。
顔を上げると、珠美がじっと見てる。
「奈々子、駄目だよ」
奈々子は何か言おうと思ったが、言葉にできない。
無言で席をたつ。
「どうしたの?」
邦明がたずねる。
「ちょっと……あの、少し風にあたってくる」
奈々子はそう言うと店を出た。背中に視線を感じる。
もう珠美には許してもらえないだろう。