ヒカリ
寂しくないと言えば、嘘になる。
けれどあの様子。
きっと何かあったんだ。
管理人室の前を通り過ぎ、日差しの中に降り立つ。
路地を抜け、大通りに出た。
たくさんの車がひっきりなしに通る。
排気ガスで空気が曇っているように見えた。
見るとトンボが飛んでいる。
夏のような気温だけれど、もう秋がきてるんだ。
結城の首の傷のことは、あれ以来訊ねたことはない。
もう昔のことだと言っていた。
それ以上聞くなということだと理解した。
心配ではある。
何があったんだろう、と不安にも思うけれど、結城が話すまでは聞くのをやめようと、奈々子は決めていた。
自分のことを思い返す。
死にたいと思ったことなど、あっただろうか。
些細な喧嘩や、失恋。
その度に死にたいと思ったかもしれないが、実行に移すなんてこと考えもしなかった。
穏やかな暮らしを送ってきた。
ふとバッグのチャックが空いていることに気づいた。
チャックを閉めようとして、物が足りない気がする。
中をさぐると、案の定鍵がない。
さっきベッドでじゃれていたときに、外に出てしまったのかもしれない。
車がたくさん通過するなか、奈々子は立ち止まる。
携帯を取り出し、結城に電話をかけた。
呼び出し音が鳴り続ける。
けれど何度かけても、結城は電話にでない。
今取り込み中なんだろうか。
でも鍵がないと、自分の家に入れない。
どうしよう。
奈々子はしばらく迷ってから、マンションに引き返した。
エレベーターで六階に戻る。
結城の部屋の前でもう一度電話をかけたが、応答がない。
奈々子はドアの取っ手を廻し、そっと扉を開けた。