ヒカリ


蛍光灯がまたたく階段を上り、二階へあがる。
奈々子は部屋の鍵をあけた。


まだ新しい壁紙の匂いがする。
奈々子は玄関脇の電気をつけた。
蛍光灯が灯る。


「どうぞ」
奈々子はそう言って、部屋にあがった。


賃貸でよく見かける合板のフローリング。
ワンルームの部屋は狭く、空気がこもっていた。


奈々子はベランダの窓を開け、空気を入れ替える。
レースのカーテンが夜風になびいた。


「座るところがなくて……。もしよければベッドの上に座ってください」
奈々子はそう言うと、結城を促した。

結城は無言でベッドの上に座った。


結城をこの部屋に入れるのは初めてだった。
こんな形で結城が部屋にあがるとは思っていなかった。
奈々子は惨めな気持ちになるが、極力その気持ちを見せないように気をつけた。


「何か飲みますか?」

「いや、いいよ」
結城が首を振る。


奈々子は結城の首を見る。


くっきりと傷跡が見える。


なぜ最初は気づかなかったんだろう。
一度見えてしまうと、こんなにもはっきりとそこに存在するのに。


奈々子はベッドの前に置かれている折りたたみテーブルの前に正座した。
結城を見上げる。


「また、離れちゃった」
結城が悲しそうに笑う。
「手に入れたと思ったのに」


奈々子はうつむいた。


「どこまで、聞いた?」
結城は訊ねたが
「いいや、答えなくて」
と首を振った。


結城が腕をベッドについて、うなだれる。


「ここに来る間ずっと、どうやったら君を失わずにすむか、そればっかり考えてた」
結城はちらりと奈々子を見て、それから「無理かな」とつぶやいた。


「これから全部話すけど、決して楽しい話じゃない。それどころか、知りたくなかったって思うかもしれない。もし聞きたくないなら『出て行け』って言って」


奈々子は何も言わなかった。
ただ顔をあげて、結城の目を見た。


とても悲しげだった。

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