ヒカリ
朝の空気は都会でも澄んでいるように感じる。
濁っているのは自分だけだ。
太陽の光が徐々に空気を暖めて行く。
道路を走る車は少ない。
鞄の中にはまだ妊娠検査薬が入っている。
捨てるに捨てられない。
全てを保留にしている感じだ。
幼稚園につくと、まだゆきはついていなかった。
ひまわり組に入り、ガラス戸を開ける。
いつも通りスモッグに着替え、子供達を迎える準備をした。
今日の天気は晴れ。
雲は多め。
「拓海先生おはよう」
飯田先生がひまわり組に入って来た。
「おはようございます」
拓海はぞうきんを絞りながらこたえる。
「拓海先生、今日、ゆき先生お休みなの。一人で対応できるかな?」
拓海はびっくりして
「どうしたんですか?」
と大きな声をあげてしまった。
「具合が悪いらしいわよ。今日病院に行くって言ってた」
「病院に?」
拓海の心拍があがる。
「明日は行きますって言ってたけどね。無理はしないでって言っておいた。もし今日大変なようなら、園長先生がサポートに入ってくださるって言ってるけど、どう?」
「大丈夫です」
拓海はなんとかそう答えた。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
飯田先生はそう言うと
「ちょっと打ち合わせがあるの。ここ任せてもいい?」
と言って、ひまわり組を後にする。
拓海は「はい」と頷くと、時計を見る。
子供が登園するまであと五分弱。
焦る気持ちを抑えて、鞄から携帯を取り出す。
病院に行くって、まさか今日、子供を堕ろすつもりなんだろうか。
拓海は気がせいて、うまく携帯を操作できない。
呼び出し音が耳の中に響く。
早く出て。
「もしもし」
ゆきの声が聞こえた。
「ゆき先生? 早まらないで」
拓海は言う。
「……」
ゆきは答えない。
拓海は思わず声が大きくなる。
「行かないで、病院。何か決めるのは、俺と話してから」
「……はい」
ゆきは小さな声でそう言った。
拓海は胸をなでおろす。
「帰りに家に寄るから」
拓海はそう言うと、電話を切った。
小さく息をはいて、気持ちを落ちつける。
携帯を持つ手に汗をかいている。
スモッグの裾で手を拭い、顔を覆った。
思わず止めてしまったけれど、ゆきと何をどう話したらいいんだろう。
子供を殺してほしくない。
でも自分は暮らしを変える勇気がない。
そう言うのか?
なんてひどい言い分なんだ。
拓海は深く溜息をつく。
園庭からバスが到着する音が聞こえた。
憂鬱でも、一日が始まる。