ヒカリ
高崎駅で新幹線を降り、私鉄に乗り換える。
気温が明らかに変わった。
夏はとにかく暑いけれど、冬が近づいてくると一気に寒くなる。
昔ながらの列車のソファに座りながら、奈々子は鞄からカーディガンを取り出して着た。
学生達が列車に乗り込んでくる。
東京の学生とはやはり雰囲気が違う。
おしゃれではないし、メークもしていない。
奈々子もあんな感じの学生だったな、と思い出す。
校則通りのスタイルで、毎日列車に乗って学校に通っていた。
その頃はニキビに悩まされていて、随分とつらい思いをしていた。
クラスに好きな男の子がいた。
奈々子の隣に座っていて、成績が優秀な子だった。
細縁の眼鏡をかけていて、面長のすっきりした顔立ちの子だった。
奈々子が教科書を忘れてしまったとき、その子が机を近づけて教科書を見せてくれた。
たくさん勉強をしている、アンダーラインや書き込みがたくさんしてある教科書。
「ありがとう」
奈々子がそう言うと、
その子はぶっきらぼうに「うん」とだけ答えた。
その一度だけの親切で、奈々子はその子のことが気になって仕方なくなった。
席替えをしても、クラスが変わっても、高校生活の三年間その子のことが好きだった。
高校三年の冬、その子が東京の大学に合格したという話を、友達から伝え聞いた。
遠距離恋愛になるから、彼女がついていくかどうか迷ってると、友達が言っていた。
そのときはじめて、その子に彼女がいることを知った。
胸の苦しさを思い出す。
夜、布団の中で涙を流した。
まともに話したこともない、向こうは自分のことを覚えているかもわからない、その相手のために目を腫らした。
恋とは不思議だ。
あんなに苦しいと思っていたのに、今は懐かしい気持ちに満たされる。
この胸の中にある苦しさも、いつか懐かしいと思えるときが来るのだろうか。
結城はずっと拓海を愛してきた。
罪の意識を感じながら、それでも逃げずに拓海と向き合ってきた。
その年月を想像する。
「愛しているんですね」と聞かれ、
頷いた結城の顔。
「苦しいだろうな」
奈々子は小さくつぶやいた。
結城のことを分かり始めたと思っていたが、実は何も分かっていなかったのだと思い知らされる。
列車の規則的な揺れ。
奈々子は目を閉じる。
愛するとは、どういうことだろう。
結城は拓海のために、自分の人生を奈々子に渡そうとしている。
奈々子は結城を愛しているだろうか。
奈々子は自分に問いかける。
しばらく考えて、奈々子は首を振る。
違う。
奈々子のために演じていた結城に、恋をしたというだけ。
本当の結城ではなく、作り物の結城だ。
夢を見せてくれる人。