ヒカリ


列車は静かに終着駅に到着する。
奈々子は鞄を持ち、ホームに降り立った。
切符を駅員に渡し、道路を歩き出した。


結城と二人で歩いたときには、お店から人が出て来たが、奈々子一人では誰も気にしない。


結城はなんでこんなところまでついて来たのだろう。
実家に一緒に帰省する必要はなかったはずだ。


駅前の定食屋を通り過ぎる。
「営業中」の札が下がっていた。

「まだやってるんだ」奈々子はつぶやいた。


玄関の引き戸をあけると「ただいま」と声をかけた。


「あれ!?」
台所からエプロンで手を拭きながら母親が出て来た。

「どうしたの?! あんた」

「別に。暇だから一泊二日で帰って来た」

「そう……。あらやだ、帰るなら言ってよ。夕飯、わたしだけだから軽くしようと思って、何にも買ってないわ」

「お父さんと聡は?」
奈々子はリビングに上がり、座卓の脇に鞄を置く。


そろそろ西日がリビングに差し込んでくる。
畳の上は思いの他冷たかった。


「父さんは出張で東京。奈々子と入れ替わりね。聡は好美ちゃんのうちでごはんたべてくるって」

「そうか……」
奈々子は廊下沿いの洗面所で手を洗い、台所に入って行った。

「ねえ、奈々子。夕飯何食べたい?」
冷蔵庫をのぞきながら母親が訊ねる。
そろそろ寒いのに、母親は半袖一枚だ。

「いいよ。作らなくて。お母さんが食べようと思ってたものを分けてもらう」

「わたしが食べようとしてたものなんて、残り物よ。なんか作るから。お魚食べる? 煮物は今から火にかけても味がしみないわね。明日食べられるようにしとこうか」

「手伝う」
奈々子は言ったが

「いいから。いつも働いてるんだから、ここではゆっくりしないさい」
と言って、リビングに追い返された。


奈々子は座卓に頬をつき、テレビをぼんやり見始めた。


ついこの間はここに結城がいた。
本当にそんなことがあっただろうか。なんだかわからなくなってきた。


台所から煮物の甘い匂いが漂ってきた。
奈々子は目をつむる。
子供の頃に戻ったような気分だった。


専業主婦の母親は、家に帰ると必ずいた。
台所で夕飯の支度をして、座卓で宿題に付き合う。


母親はひとときも休まない。
テレビを見ている時間でさえ、何かしている。
洗濯物をたたんだり、保存食を仕分けしたり、家計簿をつけたり。


「奈々子、ごはん」
そう声をかけられて、奈々子は目をあけた。

「寝てた? ごめんね、起こしちゃった」
母親はリビングの電気をつける。
蛍光灯の白い光がまたたいた。

奈々子は目をこする。


「寒い」
奈々子は腕をさすった。

「タンスに高校の頃の羽織るやつあるわよ。着る?」

「うん」
奈々子は頷くと立ち上がった。


階段を上がり、自分の部屋に入る。
押し入れを開けた。
中のクリアケースを開けると、懐かしい衣類がたくさん入っていた。


「もう着ないのに、洗濯して、しまってある」


奈々子の胸にこみ上げるものがある。
目が熱くなりそうだったので、あわてて気持ちを切り替えた。

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