ヒカリ


ふと携帯のバイブが小さく鳴っているのに気づく。

身体をのばし鞄を引き寄せる。
中から携帯を取り出した。


知らない番号。
誰だろう。


奈々子は少し躊躇したが、思い切って応答ボタンを押し、電話に出た。



「もしもし」

「もしもし? 奈々子さん?」
拓海の声が聞こえた。


奈々子は驚いて息をのむ。


「もしもし?」
電話の向こうで拓海が言う
「奈々子さんの携帯でいいんだよね」

「……はい」
奈々子は答えた。

「よかった。間違ったかと思った」

「すみません」

「いや、謝らないで。あの……この間は気まずい思いをさせてしまって申し訳なかったと思ってるんだ。できれば会って話をしたいんだけど、今夜の予定はどうかな」

「今、実家に帰って来てるんです。今日はお仕事をお休みさせてもらったんで」

「そうか……だからか」

「何がですか?」

「結城が帰って来てからずっと落ち着かない様子なんだ」

「……」

「仕事を辞めたんじゃないよね?」

「違います」

「東京にはいつ帰る?」

「明日には帰ります」

「じゃあ、月曜日のお昼、出られるかな。奈々子さんの病院の近くに行くから」

「あの、お仕事はいいんですか?」

「都民の日だから、幼稚園は休みなんだ」

「都民の日?」

「一般の会社に勤めてる人には関係ない話しだよ。学校や幼稚園は休みになるんだ」

「そうですか」

「で、お昼大丈夫?」

「……大丈夫です。お昼休みは一時半ぐらいからなんです。患者さんの多さによって前後するんですが」

「わかった。この番号が俺の携帯だから、仕事が終わったら電話してくれる?」

「はい」

「突然の電話でごめんね。それじゃあ、また」
拓海はそう言うと電話を切った。


「誰? 須賀さん?」
母親がエプロンで手を拭きながら台所から戻って来た。

「違うよ」
奈々子は携帯を鞄にしまう。

「もうこんな時間。奈々子、お風呂はいっちゃいなさい」
母親はもう一度チョコレートを口にいれると、空になった湯のみを片付ける。


奈々子は「うん」と頷くと席を立つ。



何を話すんだろう。
奈々子には想像がつかなかった。


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